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NO.197 「気」を考えるⅠ‐2

NO.197
「気」を考える Ⅰ-2
(甲斐 等 2011.12.15発行「中井正一研究会会報準備号」第109号より)

(間の口上)帯津良一先生が本年2012年4月28日に福島市で講演と気功指導を行ってくださることになりました。
 「気・き」は中井正一や九鬼周造の美学理論にとっても重要なテーマですので、その方面からの考察も加味していただければと思い、ざっと覚書を記しました。お読みいただければ有難いです。危機の最中にあってこそ、じっくりと、奥深い考察を続けていくことが大切だと私は考えています。とくに、丹田に意識を集中させて深い呼吸を心がける、というような基本的な生活の在り方を、どうか忘れないでいただきたいのです。大事なことは、ほんとうに基本的なよいことを実践し継続することなのだ、と思います。
 
(NO.196よりつづく)
 私たちは、「気」をどのようなものとして意識してきたのだろうか。そのことを、中井正一の考察の足跡をたどって、日本および日本語の側から考えてみることにしよう。
 中井正一の「気(け、き)の日本語としての変遷」によれば、記紀万葉等に「気」なる言葉が姿を現わす場合、二つの現れ方がある。
 第一は、「漢字でありながら、その意味を取って日本語にあてはめた用い方」である。 
神気(かみのけ)煙気(けぶり)酒気(さけのけ)気吹(いふき)〔古事記〕、烟気(けぶり)気(いきおい)気息(いき)気力(きのちから)深気(こころばえ)意気(こころばえ)〔日本書紀〕、気(いき)〔万葉集〕等である。
 第二は、「日本語の子音に、支那語音としての『気』をあてはめて、純粋に音韻としてあて字した用い方」である。万葉集に見られる「たびのけに」「け長く」「長きけに」「けの此頃は」「けならべて」等の言葉の「け」にあてられた「気」の字などがそれで、普通この言葉は「時間の推移を表現する」意味を持っている。但し、これとよく似た意味の「日にけに」の「け」は大部分「異」の字があてられ、「家」が用いられている例と、「殊」の字が用いられている例もほんの僅かある。橋本進吉博士によれば、「異」と「家」は今の「け」に似た音で、「気」と「食」は他の母音と混じた不明の母音をもつ子音であって、異なった発音系統の、異なった意味をもつものとなる、とのこと。
 中井さんによれば、一般に「気」という字は、「き」の語群、及び「け」の語群の両方にあて字されることから、「気」の字はiとeとの二つの音の中間音と思われる未知の特殊音をもっていたのではないかとも思われる。つまり、漢字の「気」はそうした複雑な音をもっていて、日本語のその音に似た語群にあてはめられたのではないかと思われるのである。
 「気」は上代及び中古においては、「き」よりもむしろ「け」の音に採用されていた模様である。

 以下、引きつづいて、中井さんの「気(け、き)の日本語としての変遷」を見ていこう。
 中井さんによれば、「気」が日本語として意味をもってくるのは、「物語」に表れる「けしき」「気色」という言葉からである。これは、漢字の「気色」すなわち「人の態度、顔色、それより来る自然の描写等を意味する言葉」の日本語化と考えるべきである。「気色」は「けしき」と発音する。「気」は「け」なのである。
 『源氏物語』においては、「けしき」と「気色」には意味の差は認められない。
 「けしき」の仮名遣が姿を消して、新たに「気色して」という用法が始まるのは、源平時代以降である。「人々の面前で、見られていることを意識して、威容を整えるこころもちを表現する言葉」である。やがて室町時代の仮名文字では「きしょく」と読まれるようにもなる。
 このように「気」が「け」から「き」になっていくには、中国との文化交流の進展によって、中国の学芸が大量に日本に流入してきたという事情が関係している。朱子学が伝えられ、南朝知識人が朱子学に傾倒したことは日本文化に大きく影響した。『神皇正統記』は朱子学そのままの再現として「気」の意味を展開しており、『太平記』は新たに日本語として、「気」という言葉を使っている。後者の場合は、宋学の理気の説を受けるとともに、仏教用語にも関係している。「気」は「機」という仏教語と交流することで、新たな語感を獲得したと言える、と中井さんは言っている。「気」はもはや「け」の音韻のもつ意味群から脱落して、「き」の音韻のもつ意味群の中に入り、意味のうえでも画期的な変革を遂げたのである。
 『秋月物語』で初めて「きつかひ」という言葉に出会うが、これは近代的な意味での「意識」の出現を証するに足る言葉である。「きつかひ」という言葉はすでに個人の意識を反省している。

 江戸時代に入ると、朱子学、陽明学の浸透により、「気」は基本的変革を遂げていく。そして、さらに、それら学派の用語が町人の中に入ることによって、新たな意味付与、意味創造が起こってくる。
 中井さんは、この時代の「武士より町人への語彙流動」を考察するにあたって、中江藤樹、熊沢蕃山、山鹿素行、貝原益軒から用例を集め、「町人の普通やりとりしている言語」については、春陽堂発行の近松門左衛門全集からカードを作成して、「町人の普通やりとりしている言語構造の中に如何なる『気』に関する変革が起っているか、そして、武家のこれまでの語彙が如何なる形に於て継承されているか」を見いだそうとしている。
 ここで中井さんは、「武家のこれまでの語彙」を示すものとして、貝原益軒の「朱子、陽明学派的用法、又、老荘の形而上学的体系を背景としたる、多く血液の循環及び呼吸と血液との関係、それらと過敏症との関係等、医学的なことを加味したる修養法として述べられているもの」から用例を抜き出し、近松門左衛門の「町人の普通やりとりしている言語」と対比している。
 貝原益軒から中井さんが引いた用例には次のようなものがある。
「気へりて、又、気のぼる。甚だ元気をそこなふ」(養生訓)
「怒れば気上る、喜べば気緩る、悲しめば気消ゆ、怒るれば気めぐらず、寒ければ気閉づ、暑ければ気泄る、驚けば気乱る、労すれば気へる、思へば気結ると云へり。百病は皆気より生ず。病とは気やむなり。故に養生の道は気を調ふるにあり。調ふるは気を和げ平かにするなり。凡そ気を養ふは、気をへらさざると、ふさがざるとにあり。気を和げ平かにすれば此二つのうれひなし。」(同)
「養気の術、つねに腰を正しく据ゑ、真気を丹田にをさめ集め」(同)
「人の腹中にある気も天地の気と同じ。されども腹中の気は臓腑にありて旧くけがる。天地の気は新しくして清し。」(同)
「臍下三寸を丹田と云ふ。腎間の動機こゝにあり。難経に、臍下腎間動気者、人之生命也。十二経の根本なりといへり。」(同)
 中井さんが集めた近松門左衛門の用例のうち、数の一番多いものが「気遣(つかい)」で271個、次いで、機嫌が208個、気色(けしき)が142個、気色(きしょく)は100個である。一方、貝原益軒の益軒十訓では、「気遣」が3例、気色(けしき)、気色(きしょく)はともにゼロであった。「気が付く(付かず)」は近松が21例、益軒は0例。「気も付かず」は近松が14、益軒は0。「気を付け」は近松が69、益軒は0。「気にかかる」は近松が21、益軒は0。「気を揉み」は近松が12、益軒は0。「気を砕き」は近松が6、益軒は0。「気にさはる」は近松が3、益軒は0。「気が進む」は近松が1、益軒は0。「気を廻す」は近松が2、益軒は0。「気をめぐらし」は近松が0、益軒は27。「気を配る」は近松が8、益軒は0。「気を兼る」は近松が3、益軒は0。
 逆に、「元気」は近松が4、益軒は131、「血気」は近松が18、益軒は64、「気質」は近松が13、益軒は41である。
 町人の語彙の場合、「最も軽く事象が意識の抵抗を感じる場合」に「気にさはる」と表現する。一方、益軒の場合、「『気』は医学的な血行その他の円環的順行が陰陽の二気の形而上学的な図式の中で進行して、それが疎外される場合、『気に障る』のである」。町人の場合には、こうした益軒のような図式はもはや頭にない。
 明治大正昭和の日本語の言語構造の基礎は「この近松語彙をさほど遠く離れるものではない」、と中井さんは言っているが、このようにして意味が拡延した結果、今の日本語の「気」という文字には、「捉えどころのない心の動きや感情、雰囲気を表すことが多い」のである。貝原益軒や白隠禅師は、本場中国の「気」をそのままに近い意味合いで理解していたかもしれない。
 帯津良一先生の気功が、八光流柔術と調和道丹田呼吸法から始まっているというのは意味があると思われる。さらに白隠禅師の「内観の法」と「軟酥の法」である。これらは「本場中国」の「気」に近いのだろうか。
 ところで、「調和道丹田呼吸法」は真言宗智山派の僧侶・藤田霊斎が白隠禅師の「夜船閑話」に学んで編み出したもので、「岡田虎二郎の岡田式静坐法とともに天下の人気を二分し、一世を風靡した」(佼成出版社、帯津良一『白隠禅師の気功健康法』161頁)とのことだが、足利浄円さんは一方の「岡田式静坐法」の実践者であり、中井さんはその浄円さんから「坐」の手ほどきを受けたようである。浄円さんの『「坐」岡田式静坐健康法』によれば、「岡田先生の坐は、閉目端坐、姿勢を正し、呼吸を正し、ただ丹田を充実せしむるだけである」。「本場中国」の気功に「三線放松功」がある。「三線放松功はまったく身体を動かしません。坐位あるいは臥位で、身体の前・後・横に縦に走る線を想定して、これを上から下に向かって弛めていき、最後に臍下丹田に意念を集中して終わるという、イメージが主体の典型的な静功」(帯津、前掲書)である。共通するものがあるように思われる。
 中井さんはボート部の体験をもとにして「スポーツ気分の構造」などの論文を書いたが、「気(け・き)の日本語としての変遷」も「坐」の体験をもとにしているのではないだろうか。足利浄円の呼吸法である「岡田式静坐法」も気功の一種として追体験してみる必要があるように思われる。
 帯津良一先生の新呼吸法「時空」を練功することは、宇宙と向かい合う自分をイメージすることでもある。それは同時に、「宇宙は唯一実在の唯一活動である」(西田幾多郎『善の研究』)という日本の哲学の大道を遡求することにもつながるだろう。フクシマを我々自身として生きていくためには、これまでこの列島において試みられたすべての良き営為を甦らせなければならないのである。

梅ドみ 2011.3/28~1/27(金)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 他の地域・団体のフクシマ・ヒバクシャの方々からのご要望にもお応えできるようになってきたと思ったら、グッド・タイミングで、各地の避難者の方々からの連絡が相次ぎはじめました。
 相変わらずの牛歩ですので、お応えできる容量と速度に限りはありますが、放射能被曝を心配されている方々からの直接のご連絡にはできる限り対応させていただきます。「駆け込み寺」は駆け込んできていただいてはじめて「駆け込み寺」としての働きもできるのです。
 直接、府中味噌組合等に連絡をとられる方々も出てこられたようです。自主的な動きが広がること、大歓迎。「梅ドみ」に代表される、「解毒に有効な食品」について、ある程度お伝えできたのかな、と少しだけホッとしています。各地、各方面で、さまざまな形で、フクシマ・ヒバクシャの方々に、解毒のための食品をお勧めください。
 ジュノーの会では引き続き福島に「梅ドみ」をお送りし続けるとともに、「入浴剤」「漢方貼剤」の作成・発送に力を入れます。
 全国のみなさんからのご支援・励まし・賛同に心から感謝しています。
 有史以来の大ピンチ。いつも前を向いて、自分たちの歩んだ足跡だけを数えて、肯定的に生き抜きましょう。チェルノブイリ原発の都市プリピャチ市の元市民が集うチェルノブイリ被災者市民団体「ゼムリャキ」(ジュノーの会の長年の相棒です)の合い言葉は「楽天主義」。ユーモアあふれる雰囲気がその絆の原動力となっています。

残高 -295,467円  収入(梅ドみ募金)4,555,019円   支出(購入分)4,850,486円   
(内訳)味噌 5,249kg 1,480,430円; 梅干・醤油 1,138,963円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 90kg 38,700円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 180kg 67,800円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジン等 1,259,234 円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトル、封筒、カッターマット、クールボックス、保冷剤、スプレーなど 163,395円;運送費(+郵送費+一部交通費等) 524,581円(157回分)

(1/19・木)第155便
 内訳:(1)味噌20㎏、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)4袋、すりごま(黒)3袋  (2)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)2袋、自家製ドクダミ茶(内田千寿子さん)4袋  
(1/24・火)第156便
 内訳:(1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)4袋、すりごま(黒) 3袋 (2)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)4袋、すりごま(黒) 3袋 (3)クール便:入浴剤40本、カットわかめ(小)4袋
(1/26・木)第157便
 内訳:(1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)5袋、すりごま(黒) 2袋 (2)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶2袋、カットわかめ(小)3   袋、すりごま(黒)2袋、赤穂の塩3袋、しいたけ4袋
  
     
纐纈好子さん、奥平あつこさん、岡本マスエさん、岡本勢一さん、小山恵水、晟嬉さん、安東善博さん、青木世志子さん、汐先裕美さん、佐藤文香さん、内田千寿子さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)
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Author:JUNOD
ジュノーの会について
「ジュノーの会」は、世界のヒバクシャ支援とくにチェルノブイリ原発事故の被曝者支援に取り組む広島県府中市の市民団体です。会の名前は、被爆後の広島に医薬品15トンを届け、被爆者の治療にあたったスイス人医師、マルセル・ジュノー博士(1904~61年)にちなんでいます。博士の精神を受け継ぎ、86年のチェルノブイリ原発事故の被曝者支援のため88年に発足しました。会員数は全国に約500人。これまでに延べ約200人の医師を現地に派遣し、甲状腺がんなど1000人以上の患者を診療、一人ひとりの患者さんにカルテ報告を行い、同時に小児白血病治療、血液感染症予防などの医療協力活動、またヒロシマとチェルノブイリのヒバクシャ交流を進めるなど、被災者の側に立った援助活動を続けています。チェルノブイリ被災者市民団体との強い協力関係もあります。

ジュノーの会の郵便振替の口座番号は以下のとおりです。
郵便振替=「01370-0-29460・ジュノー基金」
口座名義は「ジュノー基金」です。ジュノーの会ではなく、「ジュノー基金」です。
通信欄か空白に、「梅ドみ」と明記してください。

他銀行やネットから振込んでいただくときは、以下の振込先にお願いします。
   <他銀行から振込む場合の振込先>
   銀行名ゆうちょ銀行
   ■金融機関コード9900
   ■店番139
   ■預金種目当座
   ■店名一三九 店(イチサンキユウ店)
   ■口座番号0029460

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