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NO.185 車椅子の人が立ち上がって歩いた~第2回福島報告・その1(3)~

NO.185
車椅子の人が立ち上がって歩いた
~第2回福島報告・その1(3)~


4月18日時点でのTさんの手記を引き続いて追いかけてみたい。福島市在住でヤール4もしくはヤール5という重症のパーキンソン病患者であるTさんにとって、放射能からの自主避難は困難である。のみならず、ヘルパーさんたちの支えなしで、ただ独力で生活していくこと自体が甚だ困難であろう。そして、放射能から自主避難できない人びとも、その人びとを支える人びとも、国家による将来的な援護はまったく期待できない。
原子力発電所は正真正銘の暴力装置である。童門冬二氏の『小説上杉鷹山』に「治憲(上杉鷹山)は、老人、病人、こども、妊婦、及びこれに準ずるような弱い人たちを重視した」とある。童門氏のこの記述が史実に基づくものであるならば、原子力発電所と現代の日本国家は上杉鷹山の仇敵である。せめて子どもを、せめて妊婦を、と訴え続けた人びとの願いを無視し続けた(ている)現代の日本政府は、歴史に黒々と無能・愚策の足跡を印し続けている。

Tさんは、自分の病気の経過を記している。
「腰痛が先かパーキンソン病が先か、にわとりと卵みたいな話ですが、どちらが原因疾患で、どちらが誘発疾患になるのか。一時期は、腰痛を治せばパーキンソン病の薬もすぐさま増量せずに済むと思いました。パーキンソン病の発病前に一度、腰痛があったからです。」
「パーキンソン病を発病してから6年間(平成11年~平成17年〔1999年~2005年〕)は、診断名が確定せず、整形疾患と思い込み、リハビリ通いでした。低周波、けん引、赤外線、PT(理学療法士)による徒手的マッサージと、あらゆる物理療法を試みました。しかし、病気は進行していき、腰痛も増していきました。」
「パーキンソン病の発病後3年経った時点で(平成13年〔2001年〕)、腰椎分離症と診断され、第4、第5腰椎に骨棘(コッキョク、ほねのとげ)がはえているとの指摘がありました。平成18年〔2006年〕にも再度レントゲンで、骨棘が残存しているのが認められました。椎間板ヘルニア(椎骨と椎骨にある軟骨が飛び出して神経を圧迫する)ほどでなくとも、腰椎すべり症(腰椎がずれる)になるのを骨棘が受けとめている状態であったとも思われます。」

 Tさんはパーキンソン病であるとの診断を受けてからの日々、病状の進行をくいとめるべく「体調を築き上げてきた」と書いている。
「先輩諸患者のアドバイスを受け、製薬会社の患者健康手帳をもとに、体調を数値化してグラフに表すことにより、私の場合、2週間から1ヵ月の周期で、変調期と安定期を繰り返していることがわかってきました。運動との関係も、動きやすさを表す体感的な指標と歩数計の数値をグラフに落とすと、3~6ヵ月単位の周期で変化することもわかってきました。」
「(薬剤の)新規増投与等があると、ハネムーンと言われる時期がありました。それは実際の運動(歩数計)と動きやすさを感じる体感が相乗相加効果をもたらす時期です。思ったより動く時期です。」
「その後に、主観的に感じる動きやすさと一日の歩数の関係が一致、連動する、思う通りに動く時期が訪れます。感じる動きやすさと実際の動きが、波形にすると一致する時期です。」
「しかし、その頂点から、乱高下しながら一方的に下落に向かい、グラフにするとギザギザに変動する時期を迎えます。動きやすく感じている波形より、実際に動いた波形(歩数計の数値)が著しく増幅された乱高下を示し、やがては、一気に急落する時期です。思ったより動かない時期です。」
「そしてまた、その苦難の時期に耐えて、ゆるやかな自立回復の時期を迎えるか、それとも、耐えられそうにないときは、新規増投与です。苦しい現状を医師に伝えて、薬を上げてもらいます。下落は一気に来て、上昇は徐々に進むのですが、新規増投与で薬に頼れば一気に回復することになります。」
「もっとも薬がすべてではないですし、他の要因でも回復を助ける手立てはあります。また、新規投薬の種類によっては、過敏な受容反応を示して、一時期、乱高下して、そのあとで高水準の安定期を迎えたものもあります。」
 なお、これはTさんの変動パターンであって、パーキンソン病患者全体を指して言っているのではない,とのことである。

 このようにして体調を築き上げてきて、1キロくらいは歩ける状態であったTさんに、大震災が大きな打撃を与えたのであった。腰痛もかつてなく悪化した。
「腰痛もパーキンソン病の症状の一つであり、筋硬直のひとつとして、急激な日内変動の下落には、たいてい腰痛を伴いました。通常はしばらくすれば元に戻ったので安心していたのですが……」。
 大震災以来、Tさんの体調は激変したようである。
「先に述べた骨棘(コッキョク、ほねのとげ)が悪さをしていると考えて、うつ伏せにも仰向けにもなれない激痛に耐え、一度MRI(核磁気共鳴画像法)を受けてみることにしました。その結果、腰椎すべり症はありませんでした。しかし、椎間板はズレてはいないように見えるのですが、脊柱の神経束を見ますと、各腰椎間でへこみが見られるのが気になりました。私の場合、右臀部、右大転子部(大腿骨の骨頭あたり)が第5腰椎の神経根に沿った形で痛み、また、右下肢を上げると30度くらいで痛くなります。かといって、整形外科に行っても、おそらく、手術に至るほど大げさなものではなく、保存的な治療になるでしょう。完治できる特別な治療法があるわけではありません。」
「もし、耐えられなくなった時は、整形外科で神経ブロック注射を試みたいです。」
 
 しかし、こうした激痛を伴う腰痛といえども、それはあくまでもTさんの症状のうちの一つにすぎない。
 パーキンソン病の病状が進行すると、立っているときには背中を丸めて、ひじ、ひざを軽く曲げた前かがみの姿勢をとるようになり、体をまっすぐに伸ばそうとすると、後ろに倒れやすくなる。また、瞬時に手を出して体のバランスをとるということができないために、転倒して思わぬけがをする危険が高くなる(「姿勢反射障害」)などの障害も出てくる。
 Tさんも大震災以後、前傾姿勢がさらに強くなった。
「今のままでは転倒しますので、ボディチューニングで姿勢を直したいと思いました。具体的には歩容の確認と施術を繰り返します。微調整しながら、凝っている筋肉をほぐしたり、ツボ押しをしたり、他動的なストレッチを行ったりするのです。ドーパミン1回分(私の場合はビシフロール0.5錠)に匹敵するような体感がありました。それはオフのときに施術を受けても、正しい姿勢へ導いてくれます。でも、それは6ヵ月限定で終止符です。」
 パーキンソン病では「薬の効いている状態」を「オン」と言い、「薬の効いていない状態」を「オフ」と言う。

 Tさんは、4月18日時点までのパーキンソン病治療薬の薬効については、次のように書いている。
「大震災以来、比較的長い日々、日内変動が低迷し、オンとかオフとか薬効にかかわらず、持続する痛みがあったから不安になりました。激痛が走り、強い固縮の後、オンを迎えても、なお引きずる余韻があり、0からの回復ではなく、-(マイナス)からオンへの回復ですから、薬効が中途半端になり、毎日が苦しくなり、夜は嵐の悪夢が待っています。」
「そのため、パーキンソン病治療薬は効かなくなってきました。1日5回のイーシードパール(ドーパミン含有製剤)は、毎回、薬効の切れ目を感じます。3回目以降、午後の時間帯になりますと、デレイトオン(薬名)を飲んでも効かない時間が1時間から1時間半と、著しくなります。腰をかばうので余計ドーパミンを消費するのでしょうか。それとも、鎮痛剤で食欲がなくなり、薬の吸収も落ちているのでしょうか。」

 4月18日時点までの体調についても具体的に書いている。
「よけい歩きづらくなってきました。1日50歩~100歩、やっと歩いている状態で、何もできなくなり、横になっています。また、背枕、膝枕を使い、90度左側臥位で寝るので、寝返りができず、痛みで中途覚醒します。睡眠不足となり、睡眠効果が低下し、ドーパミンの蓄積を妨げ、明日につながらない、という症状連鎖の悪循環に陥っています。そのため、体調不良が目立つようになり、介護も不定期だったのが常時に増えました。」
 前掲の『パーキンソン病を治す本』によれば、パーキンソン病が進行すると、「姿勢反射障害」のため、歩くときも前かがみの姿勢で、足が高く上がらず、すり足となり、早足で歩幅の狭い小刻み歩行となる、とのことである。この小刻み歩行で、「1日50歩~100歩、やっと歩いている状態」なのである。Tさんは「いまだかつてない危機」を迎えていた。

 この4月18日の時点から、8月27日までは4ヵ月以上経過している。Tさんは、痛みのため1時間と車椅子に坐っていることもできないような状態の中で私の講演を聞きにきてくれたのである。電動車椅子のまま仲間たちの助けを得て2階まで持ち上げてもらい、疲れて、ソファーにうずくまっていたのであろう。
 このような病状の事実を知れば、8月27日に「ジュノーの会貼剤(非売品)」を貼った途端にTさんが立ち上がって歩いたというのは、Tさんの周囲の人たちから、実際、奇跡以外の何ものでもないと思われたとしても、不思議はない。
 それからさらに1ヵ月半経過した10月14日に、私は、杖をついて歩いてきたTさんと話したのだ。Tさんが耐え忍ばなければならない症状については、それまでにもある程度の予備知識を得ていたにせよ、今回ここに紹介したTさんの手記をあとで読むまで、私はまったくの無知同然であった。
(つづく)

梅ドみ 3/28~10/27(木)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。今後は、他の地域のフクシマ・ヒバクシャの方々からのご要望にもお応えできると思います。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -483,240円  収入(梅ドみ募金)3,652,516円   支出(購入分)4,135,756円   
(内訳)味噌 4,500kg 1,278,200円; 梅干・醤油 972,875円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 90kg 38,700円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 180kg 67,800円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 1096,162円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 125,586円;運送費(+郵送費) 379,050円(130回分)

(10/20・木)第127便(ダンボール2箱)
 内訳:(1)マルシマ梅干2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶2袋、徳用ドクダミ茶3、カットわかめ(小)2袋、赤穂の塩3袋、すりごま(黒)3袋  (2)マルシマ梅干2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶2袋、徳用ドクダミ茶3袋、カットわかめ(小)2袋、すりごま(黒)2袋、赤穂の塩3袋、青のり粉3袋
(10/22・土)第128便(ダンボール3箱)
 内訳:(1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋  (2)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋  (3)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)3袋     
(10/24・月)第129便(ダンボール3箱)
 内訳:(1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)2袋  (2)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)2袋  (3)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)3袋
(10/26・水)第130便(ダンボール1箱・クール便)
 内訳:ジュノーの会入浴剤(非売品)50本

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、?飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。?妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

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Author:JUNOD
ジュノーの会について
「ジュノーの会」は、世界のヒバクシャ支援とくにチェルノブイリ原発事故の被曝者支援に取り組む広島県府中市の市民団体です。会の名前は、被爆後の広島に医薬品15トンを届け、被爆者の治療にあたったスイス人医師、マルセル・ジュノー博士(1904~61年)にちなんでいます。博士の精神を受け継ぎ、86年のチェルノブイリ原発事故の被曝者支援のため88年に発足しました。会員数は全国に約500人。これまでに延べ約200人の医師を現地に派遣し、甲状腺がんなど1000人以上の患者を診療、一人ひとりの患者さんにカルテ報告を行い、同時に小児白血病治療、血液感染症予防などの医療協力活動、またヒロシマとチェルノブイリのヒバクシャ交流を進めるなど、被災者の側に立った援助活動を続けています。チェルノブイリ被災者市民団体との強い協力関係もあります。

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郵便振替=「01370-0-29460・ジュノー基金」
口座名義は「ジュノー基金」です。ジュノーの会ではなく、「ジュノー基金」です。
通信欄か空白に、「梅ドみ」と明記してください。

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   銀行名ゆうちょ銀行
   ■金融機関コード9900
   ■店番139
   ■預金種目当座
   ■店名一三九 店(イチサンキユウ店)
   ■口座番号0029460

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