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号外 山代巴『荷車の歌』より――「山代巴文学を語る集い(2011)」への誘い――

号外2 山代巴『荷車の歌』より――「山代巴文学を語る集い(2011)」への誘い――

『荷車の歌』には原爆被害者の日常が、さりげなく、日々の暮らしの中で描かれている。主人公セキさんの夫である茂市さんは入市被爆者(8月6日のあとで家族・縁者の安否を気遣って広島市に入って被爆地を探し歩いた人)なのである。今のフクシマ・ヒバクシャの人びとの多くは、入市被爆者と同じような状態であろうと懸念されているが、ごくふつうの庶民に襲いかかる放射能の恐怖を、山代巴は現代の民話と言われた『荷車の歌』に淡々と書き込んでいる。誰をも、あたりまえのようにして襲うのが原爆、放射能なのであり、それは日常ありふれた現実なのである。
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
(『荷車の歌』より)

(前略。以下は昭和二十二[一九四七]年の話。)
虎雄の残した子は、その年、一番上の房枝が十三歳で、
その下に男の子が四人いた。セキさんはこの五人の孫を育てるのは、七人のわが子を育てた時よ
り、もっと苦労だろうと思われて、
「孫らがひとせい伸びるまでは、わしらは楽は出来んで、お祖父さん」
「そうよ、そうよ、楽をしようと思わんことよ、わしはまんだ、よその田地を鋤きに来てくれ言
われりゃあ、鋤きにも行く、若い者にまけんだけ草も刈る、負い荷もする」
と、実際に茂市さんは、春になると自分の家の田植仕度だけではなく、よそへ雇われて行って、
よその田植仕度までした。夏になると夜の明けぬ間から山草を刈りに出て、人が刈りに出るまで
には一荷(いっか)ぐらい刈って置くほど精だした。(略)

 そして昭和二十五年五月、牛を追うて田を鋤いているある日、茂市さんは、
「気候のせいだろうか、今日は体がだるい、それに血が下る」
と、昼のごはんもほとんど食べなかった。けれども近所でも総出で忙しく働いているのを見ると、
休むのが気がひけたのだろう、昼からも無理をして田へ出たが、牛が二十間ばかり鋤くと、めま
いがすると言って畦道へ出て腰をおろした。
 その次の朝セキさんが、
「お祖父さん今朝はひどう顔色が悪いで、どうかあるんじゃあないの」
と聞くと、茂市さんは大儀そうに、
「どうかあるいうても、わしが休んじゃあ、それだけ田植仕度がおくれて、近所の世話にならに
ゃあならん」
と言って、牛を追うてぽつりぽつりと歩いて出た。その日は真夏のように暑かった。茂市さんは
汗を流して、
「やれ暑や、やれ暑や」
と、重そうに牛に鋤をかけ、歩こうとしたが足がもつれた。
「やれ危ない」
と、セキさんがかけよると、
「ハー」
と、茂市さんは鋤を離して水田の中を歩こうとしたが、セキさんの肩にもたれても、五六歩ある
いて休み、畦まで出るともう立つことができず、這って家へ帰った。セキさんはさっそく孫の房
枝に言いつけて医者を呼びに行かせた。医者は診察して、
「脾臓が腫れとる」
と言われたが、病名は言われなかった。夜になると茂市さんは血を吐いた。体の自由がなくなり
血の気も抜けて死人のようになった。翌日は三次からも医者を迎えて立ち会いで診察してもらっ
た。でも脾臓と肝臓が腫れているということだけで、病名もわからず、応急の処置として、リン
ゲル注射二本と、百瓦(グラム)の輸血をしてもらったが、脾臓は臍の辺まで腫れ下って、なおも大きくな
るばかり、熱は四十度に上って、血を吐き鼻血を出し、この病状を白血病と同じだと気づく人も
なければ、もしやこれは、ツル代を探して原爆の落ちたあとの広島を、三日も歩いたからではな
いだろうかと、疑ってみる人もいない中で、死んでいった。
(径書房刊、山代巴『荷車の歌』177頁~180頁)


4月18日のジュノーの会ブログNO.75は、「実際に何か異常を認めたときには、すでに遅いのです。」というチェルノブイリ被災者市民団体「ゼムリャキ」代表タマーラ・クラシツカヤさんの言葉を紹介している。これは、広島原爆生存者とチェルノブイリ被災者に共通する日常を的確に表現したものであろう。ここに再録しておきたい。

ジュノーの会ブログNO.75
「実際に何か異常を認めたときには、すでに遅いのです。」  (タマーラ・クラシツカヤ)


チェルノブイリの大惨事から20年と半年経った頃です。2006年9月下旬に、私(甲斐)はキエフのゼムリャキ事務所でタマーラさんと少し長い時間話し合ったことがあります。そのときの様子が「中井正一研究会会報準備号」第74号(2006.12.22発行)に載っていますので、一部を紹介してみたいと思います。

 私は尋ねる。
「被災者の人に今後一番心配される病気は、やっぱり、がんだと思うんです。しかし、がんは、予防が困難な病気です。ですから、広島では、早く発見して、早く治療するという体制を作り上げてきたわけです。こちらでは、今、各種検診は、どのような形で行われているのですか?」
 すると、タマーラさんは答える。
「患者自身が、自覚症状がない時は、気にしていません。そして、実際に何か異常を認めたときには、すでに遅いのです。」
 私は、さらに言う。
「年に一回とか、定期的に検診を行う必要があるんです。これに政府がある程度の金額は援助する、そういう体制を早くとらないと将来的に困難なことがあるのではないかと心配します。」
 すると――
「ヒロシマではそういうシステムができていることと思いますが、こちらでは、私たちの健康状態が悪化しているということに配慮していないどころか、逆に、かつて作られた被災者保護の法律なども、だんだん骨抜きになっています。」
「被災者のがんの罹病率が年々増えていますが、私たちも、そのヒストグラムの対象になっている人が増えています。胃がん、子宮がんなど、いろいろながんが増えています。被災者の二人に一人は乳がんにかかっているとも言われています。これは少し言い過ぎかもしれませんが……。」
(以上、「中井正一研究会会報準備号」第74号より)

 今、日本では、「唯一の被爆国」であるにもかかわらず、原発事故に起因して起こる「健康被害」「晩発性障害」に対して、驚くべき無知がまかり通っています。ほんとうにほんとうに危ないです。ヒバクに対しては、できる限りヒバクを避けること、いったんヒバクしたら、あらゆる危険性を考慮して「早期発見、早期治療」のシステムを整備すべく邁進する以外に、制度的な方策はありません。
 敢えて言います。「10年、20年は帰れない」という発言は、残念ながら、正しいのです。「いつ帰れるのか」と問うのではなく、「すぐに全員移住させよ。移住のための適地を用意せよ」と要求しなければならないのです。要求するだけでなく、高い線量が報告された地域からは即刻退去しなければならないのです。放射能は目に見えません。見かけの平静さに欺かれてはいけません。まず退去し、10年、20年後に確実に起こる「晩発性障害」に備えて、今すぐ解毒に努めてください。そして、「早期発見、早期治療」を可能にすべく、「全科無料定期検診」「全科無料治療」のための法整備の方向に努力を集中させてください。
 とくに若い世代ほど急ぎます。妊婦さん、乳幼児はさらに急ぎます。高い線量の地域に残れば残るほど、それだけ危険は増大するのです。退去、移住を急いでください。このまま高い線量の放射線を浴び続けた場合には、「梅ドみ」も、他のヒロシマの知恵も、無力だと思います。まず放射能の危険性のない地域に移動して、それから解毒に努めてください。
(以上、ジュノーの会ブログNO.75)

 
山代巴文学を語る集い (2011)
11月6日(日)午後1時~受付/午後1時半開始
会場:尾道市立中央図書館

山代巴さん再評価の機運が高まっています。そして、フクシマの事態に直面した今、山代さんとの新たな出会いが訪れようとしています。 そこで、山代さんの(これまでの・これからの)読者が集まって山代文学から呼吸する――そんな機会をもつことができれば、と考えました。山代さんの命日の前日に、牧原憲夫氏(前東京経済大学教員)を備後の地に迎えて、はじめます。    
     発話者(の一部):
甲斐 等 「フクシマに生きて――まず赤裸な人間に立ちかえることから」
牧原憲夫 「山代巴のめざしたこと」
みんな…… 手を挙げよう、どんな小さな手でもいい

  牧原憲夫さんは、東京で山代さんの一番身近なところにいた歴史研究者で、
  径書房・第二期「山代巴文庫」全8巻(既刊分)の巻末解説を書いた人です。
  主な著書に、『客分と国民のあいだ:近代民衆の政治意識』(吉川弘文館)、『民権と憲法』(岩波新書:シリーズ日本近現代史第2巻)、『文明国をめざして』(小学館:全集日本の歴史第13巻)、編著に『山代巴獄中手記書簡集 模索の軌跡』(平凡社)などがあります。

主催:中井正一研究会 連絡先:電話 0847-45-0789(甲斐)  入場無料・カンパ歓迎
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Author:JUNOD
ジュノーの会について
「ジュノーの会」は、世界のヒバクシャ支援とくにチェルノブイリ原発事故の被曝者支援に取り組む広島県府中市の市民団体です。会の名前は、被爆後の広島に医薬品15トンを届け、被爆者の治療にあたったスイス人医師、マルセル・ジュノー博士(1904~61年)にちなんでいます。博士の精神を受け継ぎ、86年のチェルノブイリ原発事故の被曝者支援のため88年に発足しました。会員数は全国に約500人。これまでに延べ約200人の医師を現地に派遣し、甲状腺がんなど1000人以上の患者を診療、一人ひとりの患者さんにカルテ報告を行い、同時に小児白血病治療、血液感染症予防などの医療協力活動、またヒロシマとチェルノブイリのヒバクシャ交流を進めるなど、被災者の側に立った援助活動を続けています。チェルノブイリ被災者市民団体との強い協力関係もあります。

ジュノーの会の郵便振替の口座番号は以下のとおりです。
郵便振替=「01370-0-29460・ジュノー基金」
口座名義は「ジュノー基金」です。ジュノーの会ではなく、「ジュノー基金」です。
通信欄か空白に、「梅ドみ」と明記してください。

他銀行やネットから振込んでいただくときは、以下の振込先にお願いします。
   <他銀行から振込む場合の振込先>
   銀行名ゆうちょ銀行
   ■金融機関コード9900
   ■店番139
   ■預金種目当座
   ■店名一三九 店(イチサンキユウ店)
   ■口座番号0029460

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