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NO.163 「被爆者健康手帳」誕生のころ③ ~『健康手帳』創始者・広島市段原地区の中山広実医師の話 その3~

NO.163
「被爆者健康手帳」誕生のころ ③
~『健康手帳』創始者・広島市段原地区の中山広実医師の話 その3~
(而立書房刊『ジュノーさんのように』第3巻「原子力発電所の爆発事故から6年目のチェルノブイリの子どもたち」p.136~138より)

 実は、このように初期に活躍された先生方は、『土曜会』という研究会をもち、月に1回、14、5人集まって話し合いをされていた。
 もともとこの会は、専門領域を異にするお医者さん方が領域疾患について勉強したいと考え、昭和23年に始められた会である。その中で自然に、原爆医療が共通のテーマになっていったそうだ。
 『土曜会』のメンバーには、原田東岷先生もいらっしゃって、この時期(昭和23年頃から)、ちょうど植皮で活躍されていた。(アンチプキン先生は前日、原田先生とも会われている。)
 そしてまさにこの『土曜会』の先生方が、後の『原対協』を作られることになるのである。
 昭和27年、原田先生は、「原爆乙女」といわれた少女たちが東京で治療を受けるというニュースを聞いて、「なんで広島の患者を東京まで連れて行かんといかんのか。広島にも外科の医者はおるではないか」と憤激され、広島外科会に呼び掛け、全額医師の負担においてでも治療を開始しようとされた。このことを聞いた市が医師会の協力をえて被爆者治療を実施することにし、昭和28年1月13日、被爆者の治療にあたる組織として広島市原爆障害者治療対策協議会(原対協)が設立されたのだった。
 そうした中で、昭和28年、中山先生、於保先生は公立病院に部屋を借り、合同診察会を開いた。「外科(原田先生)がやるんだから内科もやろうじゃないかというので、於保先生と私がまぁ中心になって内科の検診を一緒に始めたわけです。……そして、やるいうても何もなしじゃぁできないからというので各病院に頼んでまわったわけですよ、市民病院とか県病院とそれから日赤とかにね。各病院の院長に。とにかく検査、何人くるか分からんけど、きたら血液の検査をやってくれと。それをとにかく無料でと。金がないわけですからね。……それで各病院ともそれなら協力しようというのでみんなで協力してくれて……そうして1年か、2年くらいしてからだったですかね、槙殿先生と話をして、ついでにそれじゃぁ間接撮影もやってもらおうじゃないかということで、初めは私がフィルムを買って持っていってそれで機械だけ貸してくれーいうので、さぁ2、3ヵ月やったかな。それでしまいには向こうがフィルムをだしてくれて……ちょっとやりさえすれば病院あたりでもそうやって協力してくれてね。誰かがやらなきゃどうにもならん、結局」。
 ところが初めは、こうした努力にもかかわらず、原対協にも予算的な裏付けがまったくなく、検査だけで治療ができないという状態だった。この状態をなんとかしようといろんな努力がなされた。その1つ。松坂義正先生の働きによって、昭和33年、原対協はお年玉年賀葉書の寄付金を受けることができ、その資金で原爆センターが建設されることになる。もう1つ、厚生省に働きかけるという動きもあった。その結果、昭和32年原爆医療法ができ、政府からもお金がでるようになった。
 こうして被爆者医療は個人の手から、組織へと広がっていった。その中で中山先生の『健康手帳』は、原爆医療法によって給付された『被爆者健康手帳』、いわゆる原爆手帳をそっくり先取りしたものだったのだ!――放射能についてよくわからない状態の中で作られた中山先生の『健康手帳』はその後、原対協に受けつがれ、以後ずっと被爆者の健康を見守り続けている。
 こうした広島の歩みの話の後、広島とチェルノブイリの違い、そしてチェルノブイリはこれからどうしていったらいいかという話になった。
 「(広島の場合は)ソ連の場合とね、栄養状態がもう全然違いますからね。だからそれだけでもずいぶん違うんじゃないかと。それともう一つは、チェルノブイリの場合は直接被爆してないでしょ。……ボーンと爆発したときにその周囲におって被曝した人はまた別ですけどね、そうでない、離れたところで被曝しとる人は風が来て被曝したか、あるいはそれでなしに土壌へ含まれとるそれ(放射能)を知らずにずーっとそこへおってじわじわとこう被曝していって……だから学術的に調べてみないとなんともいえないと思うんですけど、やっぱり影響がかなり違うんじゃないかと思うんですけどね。」
 これに、アンチプキン先生は、答えられた。「チェルノブイリの場合は非常に少量照射でそして内部被曝をこれからもずっとうけていく(のです)」

梅ドみ 3/28~8/04(木)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -161,054円   収入(梅ドみ募金)2,607,566円   支出(購入分)2,768,620円   
(内訳)味噌 3,120kg 905,600円; 梅干・醤油 602,364円; 十穀 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 709,433円; 漢方入浴剤・貼薬材料 83,937円;濾紙、ペットボトル16,124円;段ボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、ペットボトルなど 87,821円;運送費 259,350円(88回分)

(8/04・木)第88便(段ボール3箱)
内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶2箱、徳用ドクダミ茶3袋、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ小1袋
   ②味噌20㎏、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶4袋、徳用ウーロン茶4袋、青のり粉5袋 
   ③味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶5袋、徳用ウーロン茶1袋、オリヒロ・ウーロン茶1袋、カットわかめ小1袋、すりごま1袋、青のり粉5袋

山本美紀子さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

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プロフィール

JUNOD

Author:JUNOD
ジュノーの会について
「ジュノーの会」は、世界のヒバクシャ支援とくにチェルノブイリ原発事故の被曝者支援に取り組む広島県府中市の市民団体です。会の名前は、被爆後の広島に医薬品15トンを届け、被爆者の治療にあたったスイス人医師、マルセル・ジュノー博士(1904~61年)にちなんでいます。博士の精神を受け継ぎ、86年のチェルノブイリ原発事故の被曝者支援のため88年に発足しました。会員数は全国に約500人。これまでに延べ約200人の医師を現地に派遣し、甲状腺がんなど1000人以上の患者を診療、一人ひとりの患者さんにカルテ報告を行い、同時に小児白血病治療、血液感染症予防などの医療協力活動、またヒロシマとチェルノブイリのヒバクシャ交流を進めるなど、被災者の側に立った援助活動を続けています。チェルノブイリ被災者市民団体との強い協力関係もあります。

ジュノーの会の郵便振替の口座番号は以下のとおりです。
郵便振替=「01370-0-29460・ジュノー基金」
口座名義は「ジュノー基金」です。ジュノーの会ではなく、「ジュノー基金」です。
通信欄か空白に、「梅ドみ」と明記してください。

他銀行やネットから振込んでいただくときは、以下の振込先にお願いします。
   <他銀行から振込む場合の振込先>
   銀行名ゆうちょ銀行
   ■金融機関コード9900
   ■店番139
   ■預金種目当座
   ■店名一三九 店(イチサンキユウ店)
   ■口座番号0029460

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