スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

NO.181 福島県からは全員避難しなければなりません~その10・いのちと人権を守る~

NO.181
福島県からは全員避難しなければなりません~その10・いのちと人権を守る~

 あれからちょうど1ヵ月経った。私はやっと以前の日常に戻ろうとしている。咽喉の一番奥のほうにまだ少し違和感があり、その部分がときとして乾燥して咳を誘発するが、それも一日数回程度に減ってきた。早朝に起床して、そのまま一日中いろんな働きをしようとすると、どこかで重い疲れを感じて休まなければならないが、めまいや発熱は感じなくなってきた。「漢方貼剤」がなければ危なかったかもしれないと実感しつつも、再び働けるかもしれないという感触を持ち始めたところである。

 1ヵ月前の8月27日、1時間半の講演を終えた後、引きつづいて1時間半、質疑応答の時間があった。
 最初の質問は男性の方で、「小学生の子どもがいるのですが、福島市からは避難しなければならないでしょうか」というものだった。私は、「もちろん避難しなければなりません。子どもだけではありません。人間はここに住んでいてはいけないはずです」と答えた。残念ながら、他に答えようがない。政府は即座に移住地を確保し避難指示を出して、いのちを守らなければならなかったし、ならないのだ。では、今、どうすればよいのか。それこそを具体的に話し合わなければならないと思っていたのに、それ以上の話にはならなかった。悔いが残っている。質問者の男性の方の悩みは具体的に深かったはずなのに。
 もう一つ、不十分なことを言ってしまったなという思いが残っている。それは、農家の方から、「放射能が暫定基準値内でも出荷をためらう」という発言があったときのことだ。私は、ウクライナの汚染地域の女性たちが、牛乳を安く買いたたかれても、生活のために遠距離まで出かけていって売っていたという話を持ち出して、「あなたがたはウクライナの農婦のようだ」と言った宮沢賢治の一節が別の意味で現実になっている、と答えてしまったのだ。チェルノブイリ被災地の現実と、ウクライナの基準値が日本の暫定基準値にくらべてはるかに低い数字になっているということに注目してもらおうとしたのだが、我ながら不十分にしか話せなかった。暫定基準値で数値が勝手に引き上げられたわけで、それ以前の基準値を守って、それを超えるものについては、ぜひ、東電に買い取らせるようにしてほしいと答えたのだが、現実には山のような困難がある。その諸困難こそが議論されるべきだったのだが……。

 合わせて3時間、誰一人席を立たなかったのは、シャロームの「地元学を考える」講座始まって以来初めてのことだ、と後で聞いた。私は92回目の講座の講師ということであった。
 驚いたことに、「避難しなければならないとはっきり言われたのは初めてです。あまたの先生方が福島に来られて話をされていますが、他の先生方は、どなたもはっきりとは言われませんでした。避難の話になると、いろいろ事情もあるだろうから……となって、結局うやむやになってしまうのです。そこを今日はっきりと聞いたので、ああやっぱりそうなのか、と会場内の人びとの気持ちが引き締まったようです。みんな頭ではわかっているのに、山下先生の『安全だ』という説明がどこかで影響していて、ここに住んでいても安全なんだと思いたいんです」とのことであった。
 エッ? みんな、「避難しなければならない」って言ってないの? びっくりでした。
 
 翌日、安達太良山に案内していただいた。『智恵子抄』の「ほんとうの空」である。
 ふもとからのぼっていく自動車道で、私は恐ろしいものを見た。二本松市にはJICAの訓練所があるとのことで、青年男女が背中にリュックを背負って、その山道を走ってのぼっているのである。なにも、今こんな場所で、肺いっぱいに空気を吸い込まなくてもよさそうなものを……と思っていると、安達太良高原についた。すると、バナナなどの果物や飲み物をいっぱい並べて、頑張れーっ!と叫んでいる人たちがいる。かなりの速度で走りのぼってきた青年たちは、そこで飲み物などを口に入れると、またすぐに山道をかなりの速度で走りのぼっていくのである。この青年たちの頑健な心と身体が10年後、20年後にどのようになっているかと思うと、たいへん辛い。
 残念ながら、霧が出て、「ほんとうの空」を見ることはできなかった。晴れていれば、智恵子が見たとおりの「ほんとうの空」が見えたにちがいない。放射能は視覚的には影響がないはずだ。それとも、伝え聞くように、福島では空も少し黄味がかったり、少しだけ歪んで見えたりするのだろうか。私は、おそらく38度くらいは熱があったような感触で、安達太良山は遠くにぼんやりと霞んでいた。
 ここは冬はスキー場になるリゾート地だ。幼児連れ、子ども連れの若いお父さん、お母さんたちが、うれしそうに“自然”の中でゆったりとくつろいでいる。楽しそうだ。ふつうの日曜日の行楽地の風景だ。私は熱のある身体と頭で、ぼんやりと、これはやっぱり夢の中の出来事だと思っている。とかくするうちに、山登りマラソンの参加者が俄然増えてきたように感じる。若いカップルが手を携えるようにして走っている。かと思うと、意外と年配の走者も交じっている。今日は市民マラソンも行われているのだそうだ。私は、クラクラときて、うずくまってしまった。
 私の体内を衝撃が走った。これはいけない。いくらなんでも、これはいけない。二本松市でこの状態が日常的に続いているのであれば、もう既に日本全体が滅んでいる。人びとは、これほどまで放射能に対して無知だったのだ。

 広島への帰り道は、こうした精神的な衝撃も加わって、さらに激しく咳き込みつづけ、熱を含んだ全身はけだるさと悪寒を呼び込んでいた。そしてこの状態は意外なほど後まで尾を引き、少し書きものなどをすると激しい咳が続き、微熱が出るようになり、もう何もできなくなってしまった。
 死ぬまで止まらないだろうと感じていた私の緊急「梅ドみ」活動は、こうしていったん止まった。ともかくも私はフクシマの人びとに、これ以上は考えられないくらい早く「解毒と免疫力強化」の方法を伝えた。あとは、伝えられた人びとの問題でもある。そう考えることにした。
 チェルノブイリ被災者の苦悩と苦闘を少しでも知っている私は、フクシマの未来であるチェルノブイリからすべてを見てしまう。しかも人口は比較にならないほど日本のほうが多い。私の目に映る光景は、突然エイズ禍に襲われたときのアフリカの村々を連想させる。社会全体といのちと人権の破滅以外のなにものでもない。
 いのちと人権は天与のものである。なんびとも、これを侵してはならない。いのちはあるがままに尊重され、人は恐怖と隷属と不安から解放されて生きるのだ。放射能災害に見舞われた今、日本は、近未来に待ち構えている破滅的な状況を前にして、いのちと人権を守り抜き、世界に対して未来への道筋を示すチャンスを与えられているのである。
 私が生きてどうしてもしなければならないのは「漢方貼剤」の普及であろう。チェルノブイリでも有効な予防策・治療方法は他にはなかった。それはこの私が誰よりもよく知っている。この奇跡の「ヒロシマの知恵」をボランティアで実費ですべての放射能被災者に届ける――そのことが私に与えられた役目であろう。
 幸い、毎日かなりな労働量を要した「梅ドみ」の荷造り・発送も、今では仲間の手で進められるようになってきた。「入浴剤」も作成に常時従事する仲間が出てきて、作成・発送までの手順が速やかになってきた。この流れはもっと進められていくだろう。そのうえ、最近は、動けなくなった私を心配してか、周囲の人びとの動きが少し変わってきたようにも感じられる。もっと多くの人びとが、こうした地道な活動に参加してくれる日が来るような気がしている。
 「決定往生60万人」。まず60万人分の「漢方貼剤」を作って、放射能被災者に手渡すこと。そうすれば、いのちと人権を守る土台を作ることができるかもしれない。今の私は、そのことばかりを考えている。
(甲斐記)
(第一回福島報告終わり)
 
梅ドみ 3/28~9/26(月)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。今後は、他の地域のフクシマ・ヒバクシャの方々からのご要望にもお応えできると思います。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -511,799円  収入(梅ドみ募金)3,281,494円   支出(購入分)3,793,293円   
(内訳)味噌 4,140kg 1,181,000円; 梅干・醤油 870,667円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 90kg 38,700円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 180kg 67,800円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 999,775円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 114,448円;運送費(+郵送費) 343,520円(117回分)

(9/25・日)第116便(ダンボール3箱)
 内訳:(1)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶2袋、徳用ウーロン茶5袋、カットわかめ(小)1袋、赤穂の塩4袋 
 (2)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶5袋、赤穂の塩4袋、カットわかめ(小)4袋
 (3)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶5袋、徳用ドクダミ茶2袋、赤穂の塩4袋、カットわかめ(小)1袋
(9/26・月)第117便(ダンボール4箱・うちクール1)
 内訳:(1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋
    (2)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋    
    (3)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋
    (4)ジュノーの会入浴剤(非売品)50本

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、?飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。?妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)
スポンサーサイト

NO.180 福島県からは全員避難しなければなりません~その9・海よ開け!~

NO.180
福島県からは全員避難しなければなりません~その9・海よ開け!~

 ジュノーの会では、3月末以来、福島市のNPO法人「シャローム」に「梅ドみ」、ついで「入浴剤」、「漢方貼剤」を送りつづけ、「シャローム」のほうでは、それを受けて、南相馬市や飯舘村の方々、福島市の避難所に避難しておられた方々にこれらの援助物資を届けつづけ、合わせて「解毒」という方法があるということを伝えてきた。
 私は、8月27日、その「シャローム」で初めて話をしたのである。
「シャローム」は、その命名からもわかるとおり、キリスト教の精神を柱にしたNPO法人である。私は、話の最後に、もう一度「避難」の必要性を呼びかけ、できればその具体的な計画を考えてみたいと思った。
私は、旧約聖書の中のよく知られた話を例に引いて、こんなふうに話した。

 ここ「シャローム」はキリスト教の精神で成り立っていますね。ですから、旧約聖書の中にある話をしてみたいと思います。
 ここ福島はカナンの地なんですね。福島のみなさんは、一度エジプトに移住しなければならない運命にあります。エジプトに移ってからも、いろんな困難な事態に直面するでしょう。いじめや、迫害にさえ遭うかもしれません。みなさんはさまざまな試練に遭いながらも団結を強め、やがて、いつか、約束の地・福島を目指して帰郷するのです。
 福島に帰るまでもさまざまな困難に見舞われるでしょう。それでも、きっと、みなさんがたのうちの十代、二十代の人たちの中から、あるいは、もっと未来の世代の人たちの中から、新しい時代のモーゼが現われて、みなさんを約束の地・福島まで導いてくれるはずです。
 エジプトを出るとき、イスラエルの民はエジプト軍の攻撃を受けました。前には広大な海が広がっています。逃げる道はありません。この絶対絶命のとき、モーゼは、この世に人間として生を受けた者として可能な限りの、極限まで高めた祈りと気合を持って叫んだのです。「海よ開け!」。すると海は開いて一筋の道が生じ、人びとは海を渡ることができたのです。
 モーゼといえども、放射能災害の経験はありません。まことに辛いことですが、今私たちは、歴史上のどんな人間たちも経験しなかったような試練にぶつかっています。これは海を開くことに匹敵する難事業です。モーゼのような祈りと気迫をもって進んだとき、初めて海は開きます。

 ウクライナのチェルノブイリ被災者の場合、よかったなと思えるものが2つあったような気がします。一つはダーチャ、小別荘です。旧ソ連では、人びとは郊外に小さな別荘を与えられ、そこで週末や休日をくつろいで過ごしました。チェルノブイリ事故後の経済難の時期、汚染地域から強制避難させられた人びとも、ダーチャを畑に変えて食料確保に努めました。
 また、もう一つ、サナトリウムの制度が普及していたのも好都合でした。順番でサナトリウムに行くチケットが与えられ、人びとはそこで1ヵ月近く休暇を過ごすことができたのです。
 こうした文化の在り方も影響したのでしょうか、たとえばチェルノブイリ原発で働く人の場合、2週間働くと、あと2週間はキエフで過ごすという労働スケジュールで働きました。そして原発に居る時の線量が計測され、許容量だけの線量を浴びると退職し、年金生活に入るのです。
 こうしたことを参考にして、新しいライフ・スタイルを実現することはできないでしょうか。一斉移住・一斉避難ができないなら、すべての人が、1ヵ月に1週間ほど過ごせるようなダーチャもしくはサナトリウムを他県の人びとと協力しあって作り出していくのです。働きバチの日本人には難しいことですが、こうした新しいライフスタイルが必要とされています。今の福島から一歩も離れず、福島にずっと居続けるというのは、いずれにせよ、いいことではありません。ダーチャやサナトリウムに似たものを用意していく中で、新しい生活環境を見出していくということなら、今すぐでも着手できるのではないでしょうか。その延長上に、より多くの人びとの避難・移住先を確保していけるよう、全国の人びとと連携して、各地に雇用を求めながら、さまざまな可能性を実現していきましょう。

 一方、私たちは、直接的にはフクシマ・ヒバクシャではない者として、「梅ドみ」を提供しつづけ、外部被曝除去のための「入浴剤」を作って送りつづけようと思います。そして、とくに、内部被曝に対抗するために、「漢方貼剤」を作りつづけます。
 私たちは「決定往生60万人」で、60万人を目標にして「漢方貼剤」を作ってお届けします。「漢方貼剤」は、みなさんを支えてくれると思います。
 福島のみなさんは、どうか、「海よ開け!」で、今と未来のいのちを守ってください。

(甲斐記)
(つづく)


梅ドみ 3/28~9/24(土)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -451,612円  収入(梅ドみ募金)3,281,494円   支出(購入分)3,733,106円   
(内訳)味噌 4,080kg 1,164,800円; 梅干・醤油 870,667円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 90kg 38,700円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 180kg 67,800円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 963,358円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 114,448円;運送費(+郵送費) 335,950円(115回分)

(9/19・月)第113便(ダンボール3箱・うちクール1)
 内訳:(1)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶6袋、カットわかめ(小)3袋、すりごま(黒)3袋 
    (2)味噌20?、100%ドクダミ茶4箱、自家製ドクダミ茶(内田さん)11袋、青のり粉8袋
    (3)(クール便)ジュノーの会入浴剤(非売品)49本
(9/20・火)第114便(ダンボール2箱)
 内訳: (1)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶2箱、徳用ドクダミ茶3袋、赤穂の塩8袋、カットわかめ(小)4袋
    (2)マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶2袋、徳用ドクダミ茶3袋、赤穂の塩3袋、青のり粉6袋、自家製ドクダミ茶(内田さん)5袋
(9/21・水)第115便(ダンボール4箱)
    (1)味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶8袋、すりごま(黒)5袋
    (2)味噌20kg、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)4袋、自家製ドクダミ茶(内田千寿子さん)9袋
    (3)味噌20kg、徳用ウーロン茶6袋、カットわかめ(大)2袋、(小)3袋、タオル4本
    (4)マルシマ梅干し2ケース、徳用ウーロン茶5袋、徳用ドクダミ茶3袋、赤穂の塩5袋、自家製ドクダミ茶(内田さん)2袋


石川優子さん、ドメーニグ・アヤさん、安楽直美さん、塚尾由美子さん、まちなか夢工房さん、渡辺徳代さん、大田美智子さん、小山晃さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、?飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。?妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.179 福島県からは全員避難しなければなりません~その8・「60万人決定往生」~

NO.179
福島県からは全員避難しなければなりません~その8・「60万人決定往生」~

フクシマ・ヒバクシャと福島県民とはイコールではない。単純に考えても、宮城県南部、茨城県北部、風の通り道にあった栃木県、埼玉県、千葉県の一部の住民は間違いなくフクシマ・ヒバクシャであろう。内部被曝の拡大とともに、さらにヒバクシャは増大する。福島県民と他県のヒバクシャがともにヒバクシャの権利を獲得していけるよう、現代史は進んでほしいものである。一方で、原発を誘致した自治体、少なくとも原発を誘致した自治体の責任者は、原発誘致の議論に参加させてもらえなかった地域のフクシマ・ヒバクシャに対して、多大な賠償責任があるのではないだろうか。東電と日本政府のみならず、「原発を誘致した自治体」の賠償責任の問題ももっとクローズ・アップされるべきであろう。その責任と反省は永久に問われ続けられねばならない。なぜなら、その責任に対する考察と反省が深められない限り、彼らは、今現在、将来もまた、住民に対する取り返しのつかない殺人行為を行いつづけるだろうからである。――しかもなお、そうしたさまざまな問題を乗り越えてフクシマ・ヒバクシャの団結の道が求められなければならないのである。なぜなら、晩発性障害は、フクシマ・ヒバクシャの全員に向かって襲いかかってくるからである。さまざまな社会的な問題のすべてに先立って、「いのち」は絶対的に守られなければならない。

 広島の民衆の立場で考えると、そうしたフクシマ・ヒバクシャに伝えたいのは、まず吉益東洞以来の「解毒」の方法、すなわち、「梅ドみ」を代表とする解毒力のある食品を摂ることにより、一刻も早く放射能という毒を体内から排出していただくことである。この流れを引く東洋医学による治療法を参考にしてほしい。
 次に伝えたいことは、広島の医師たちが行った「土曜会」に代表されるような活動を組織していただくことが専門的領域では何よりも大事だということである。放射能災害の場合には、関わっている個人個人の意志がどうであれ、国の施策には決して気を許してはならない。放射能災害はそもそも国の存立を脅かすものなので、国単位では判断の基準が「住民のいのちを守る」というところには置かれないのである。したがって、「目の前の患者を助けたい」という目的にのみ献身する人びとのほうが、たとえ専門知識・技術的には劣っていたとしても、放射能災害に際してはよく人びとのいのちを守ることができるのである。「いのちを守る」という課題に際しては、「いのちを守ることを唯一の目的とする人びと」と「いのちを守ることを唯一の目的としない人びと」との間には、例えようもないほど大きな落差がある。自分たちのいのちを救いたいと考えてくれている医師たちによる検診と、必ずしもそうでない医療機構に属する医師たちによる検診とでは、患者に対する治療効果にも計り知れない違いが出てくるであろう。福島でも、是非、「患者のそばに付き添う医師・医療スタッフ」による自腹を切った「いのちを守るための闘い」が組織され、発展を遂げていかれるよう、そしてそうした医師・医療スタッフの試みを住民の方々がしっかり支えてくださるよう、心底から願っている。ともすれば、米軍→ABCC→放射線影響研究所とつづく「患者=モルモット」型の「放射線医学」が広島を代表するものであるかの如き印象をふりまいているが、歴史の流れの中で広島型の「早期発見、早期治療」による被爆医療を創出してきたのは、本来の、広島民衆に根付いた開業医を中心とする「広島の医師」たちなのである。
 以上が基本的な在り方である。
 広島は植民地である。植民地にあっては正々堂々と名を名乗っての闘いはあまりにも分が悪い。自分の身を危険にさらさない工夫をしながら、必要とされる時どきにはレジスタンスを行う人びとがポツポツと途切れることなく現われるのである。明治以前の、比較的早い段階から民主主義的な土壌を形成していながら、また、黎明期の赤十字運動を担いながらも、大日本帝国軍隊の軍事都市へと作りかえられ、原爆の洗礼を受け、その後も米軍と日本政府によって要所要所を抑えられてきたのが広島である。そのような悪条件の中で、表面的に過ぎるとはいえ、「平和都市」の看板を掲げ続けてきてもいるのである。
 福島はどのような軌跡を辿ろうとしているのであろうか。ヒロシマが20世紀後半の核時代にあって、世界に対して死命を制するほどの重要な役割を担っていたのと同じく、21世紀前半の原発だらけの核時代にあってはフクシマの歩みが人類の存亡を決するといっても過言ではない。フクシマは今の福島県民だけのものではない。フクシマは未来の福島県民と日本列島住民のものでもある。のみならず、フクシマは人類と地球の運命を直接に担っているのである。
 
 ジュノーの会としては、チェルノブイリ被災者支援活動の経験から、今の時期には、さらにいくつかの方法が実践されるべきだと考えている。とくに、外部被曝を除去するための「入浴剤」と、内部被曝に対して「梅ドみ」よりも即効性のある「漢方貼剤」である。
 ジュノーの会では、かつて協力し合ってチェルノブイリの子どもたちを迎えたときの経験から、戦後の広島での被爆者治療の中からすばらしい効果を持つ治療法が練り上げられてきたことを知ったのである。東洋医学の「貼薬(テンヤク)治療」である。これは副作用がなく、しかも、一般的に病気の予防法としても、多数の人びとに手渡すことができるものである。20年前、招聘したチェルノブイリの子どもたちにこの貼薬治療を施してもらったところ、少なくとも中程度までの甲状腺異常には短期間で効力を発揮した。また、注目すべきことには、免疫力の落ちている患者の全体的な健康度をより高め、インフルエンザなど他の病気にもかかり難くするという結果も報告されている。しかも、あれから20年、この「貼薬治療」はさらに格段の進化を遂げている。
 ジュノーの会では、この「貼薬」のうち一般的な使用法の可能な種類の一つを、考案者の十河孝博先生から、「ヒロシマの知恵」として広くフクシマ・ヒバクシャの方々に提供してもかまわないという許可をいただいている。定期検診制度やその他の社会的保障制度の成立をめざしてフクシマ・ヒバクシャの人びとが団結していかれることを願いながら、「晩発性障害」の予防策として、多数の広島被爆者の人生を賭した「最高の贈り物」ともいうべきこの「ヒロシマの知恵」を、十分な配慮をもってフクシマ・ヒバクシャに届けたい。
 「梅ドみ」に代表される解毒食品と、「青のり」などの免疫力強化食品、外部被曝を除去するための「入浴剤」、それに加えて「漢方貼剤」。ジュノーの会ではこれらの解毒・免疫力強化のための援助物資を福島に届け続ける。だから、これらを支えとして、フクシマ・ヒバクシャの人たちには、一日も早く非汚染地域との間で生活圏・経済圏を作りだしながら、避難・移住してほしい。仮設住宅なども汚染地以外に作らなければ、ヒバクシャのいのちを守るという点から見れば、意味はない。

 「梅ドみ」に対する知識が一定程度広がりを見せた今、そして「入浴剤」についても一定程度作成の目途がついた今、私自身に課せられた課題は、これまでの経緯から、内部被曝の害を予防する「漢方貼剤」をできる限り多く作って福島の人びとにお渡しすることであろう。
 福島市と郡山市を合わせると人口は大体60万人である。60万人という数の連想から、私は「決定往生60万人」の札を配りつづけた一遍上人の事績を思った。60万人の人は必ず往生できるというのである。私は「往生」というのは「生に往く」ことだと初めて思った。60万人の人びとには必ず生きてもらうのである。60万人の人は必ず「生きるんだ」。60万人が生きれば、それ以上の数百万人も生きる方向へと向かうだろう。
  ところが、私の今の漢方貼剤の作成能力では一日50人分しか作ることはできない。しかもこれはそれぞれの人に1ヵ月分にすぎない。毎日作りつづけたとしても一年間で18,250人・1ヵ月分である。60万人分を作るためには、33年近い歳月を必要とする。しかもこれは、60万人の1ヵ月分にすぎない。
 60万人決定往生というのは、なんと途方もない一大事業であろう。これを3~4年のうちにやり遂げなければならない。これは実現不可能なことである。私の今の在り方からすれば、生活のすべてを漢方貼剤作りのみに注ぐわけにもいかない。
 しかし私は、8月27日、福島での講演で、70~80人の方々を前にして、「私たちは『60万人決定往生』を目標にして漢方貼剤を作りつづけ、送りつづけます」と約束したのである。そして、「だから、福島の人たちは……」と、私は福島の人たちに一つのお願いをしたのであった。
(甲斐記)
(つづく)

【付記】福島報告が遅れて、しかも長いものになって、申しわけありません。おわかりと思いますが、体調不良のまま福島に赴いた私は、その後いつまでも体調が回復しません。とくに咽喉の広範囲に及ぶ痛みと、それに伴う激しい咳き込みにいつまでも苦しみました。少し根気を入れて書きものをすれば、非常に疲労し、めまいさえ襲ってくることがあります。異常です。そこで遅ればせながら気が付いたのです。これは放射能だ! と。そう思い当たって何人かの知人にその旨のことを話しましたら、「実は○○さんも福島に行って帰ると、いつまでも咳や咽喉の痛みがとれないそうですよ」とか、「△△さんは、福島に短期間行っただけで強い頭痛に襲われるそうです」といった返答が次々に返ってきました。意外だ、という反応は皆無です。やっぱりあなたもそうですか、という反応ばかりです。幸い私は、漢方貼剤のおかげで、何とか全快に近づいたようですが、同種の症状がいつまでも続き、苦しんでおられる方々は多いのではないでしょうか。
 国は一刻も早く、年間1ミリシーベルト以上の地域の住民に対して、非汚染地に移住地と雇用を用意して、移住者の生活援助を行う義務があります。と同時に、今既に何らかの症状を訴えている人びとに対しては、「検査をしても異常は見られない」などと言った非科学的な場当たり的な敗北主義的な対応を排して、充分なケアを継続して行う責任があります。
 なお、放射能が原因と思われるなんらかの健康異常が生じて、不快で不安な日々をお過ごしの方はご一報ください。場合によれば、「梅ドみ」、入浴剤、漢方貼剤をお送りすることもできるかもしれません。ほんとうに心配しています。
 冬が近づいています。免疫力の低下した体には風邪が怖いのです。チェルノブイリでも、白血病やがんそのもので亡くなる人は少なく、風邪をこじらせて肺炎などを引き起こして死に至るというケースが多かったのです。解毒と免疫力の強化を急いでください。

梅ドみ 3/28~9/17(土)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -403,685円  収入(梅ドみ募金)3,191,452円   支出(購入分)3,595,137円   
(内訳)味噌 3,960kg 1,132,400円; 梅干・醤油 832,338円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 944,014円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 111,372円;運送費(+郵送費) 326,630円(112回分)

(9/16・金)第112便(ダンボール5箱)
 内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)3袋 
    ②味噌20㎏、柿の葉茶(内田さん手作り)12袋、つなぎ服2点、上っ張り1点、おしめ1袋、おしり拭き(赤ちゃん)3袋
    ③味噌20㎏、徳用ウーロン茶2袋、柿の葉茶4袋、おしめ20枚、パジャマズボン1点、長袖シャツ1点
    ④味噌20㎏、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶4袋、柿の葉茶2袋、カットわかめ(大)1袋、すりごま(黒)3袋、おしめ8袋
    ⑤自家製梅干し20瓶(府中ニュース速報提供)

市場芳子さん、市場恵子さん、原田周子さん、永野由美子さん、見浦さん、石川優子さん、ドメーニグ・アヤさん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.178 福島県からは全員避難しなければなりません~その7・漢方入浴剤と漢方貼剤~

NO.178
福島県からは全員避難しなければなりません~その7・漢方入浴剤と漢方貼剤~

 『ジュノーさんのように』の第2巻「チェルノブイリからきた医師と子どもたち」の発売日は3月16日だった。その少し前に私は見本を受け取っていた。この巻には、1992年当時の、チェルノブイリ被災者の治療に日夜腐心しているウクライナの医師たちと広島の医師・被爆者との対話の記録が収録されている。しかも、小川新先生の「解毒」の方法、十河先生、杉原先生の東洋医学治療、食養家・平賀佐和子先生の被爆時の経験など、放射能被曝時にはどのように対処したらよいかについても具体的に記されている。
 私は、運命だ、さだめだ、と思った。私は、原発事故で避難した人びとに「解毒」の方法を伝えなければならない。大地震・大津波・原発事故で直接的な被害を受けなかった私は、自分に用意された道を進むだけである。私に与えられた役割は、原発事故の数年後に発生する「晩発性障害の爆発的発症」に対処すべく準備することだ、と理解したのだった。
 目の前の悲劇がどれほどすさまじいものであろうとも、年月を経るほどに凶暴な牙を剥き出してくる放射能の猛威とは比べようもない。信じられないだろうが、視覚的に平穏に見えるフクシマでは、生き物の細胞の中の隅々で紅蓮の炎が燃え盛っているのである。しかし、その炎の威力が判明するのは、早くても数年後なのだ。目に見える炎は消すこともできよう。しかし、目に見えない炎、数年後にミクロのレベルですべてを破壊し尽くしてしまう半永久的に消えない不可視の炎は、知覚の範囲外で猛威をふるい続けるのである。
 すぐに危険の及ぶ範囲がどの程度のものであるかは定かでなかったが、対処すべき方向性は明白であった。数年後の、症状が現われてくる時期には、「早期発見、早期治療」の人にやさしい医療を中心にした相談的看護的互助体制が必要とされるだろう。それは新しい日本のスローライフの内実を豊かにするものともなるだろう。予算さえ確保できれば、この方面の人材も資材も得られないわけではない。しかし、問題なのは、目に見える被害の範囲と程度が大きすぎるため、目に見えない放射能の「数年後」の「晩発性」の被害までは政治がカバーする意志を持たない、ということだ。晩発性障害が爆発的に発症したら、被害者たちは、医療を受けることができないまま放置されてしまうかもしれないのである。財政難のため、障害を「早期発見」するための定期検診制度すら成立しない危険性がある。
 しかも、放射能被害に対する「解毒」は、小川新先生の言われたように、症状が出ないうちに行ってこそ有効なのだ。仮に検診制度が成立したとしても、症状が出てから行う検診は、すでに対策が後手後手にまわった結果なのである。
 放射能被曝は、症状が現れたときには基本的には既に手遅れなのだ。しかし、現代医学は、症状が現われてから、その症状の原因をつきとめるところからスタートする。症状が現われないうちは、現代医学の対象外なのである。

 現代医学は症状が現われないうちはその力を示せない。そうであれば、ヒバクシャの間に晩発性障害の症状が現われてくるまでのここ3~4年は、予防策をもそのうちに含む東洋医学の力を借りるしかない。
  東洋医学の「解毒」療法を実践しながら、「定期検診、治療費補助」のヒバクシャ援護体制を成立させるべく訴えていくまでである。
 ところが、19年前に、貼薬治療の日ウ協力を持続できなかったことから、ジュノーの会では、東洋医学の先生たちと疎遠になってしまうという実に失礼な経緯を辿っていたのだった。もちろん、そうなってしまうには不可避的なその他の周囲の事情もあったわけだが、私は幾重にも高い敷居を乗り越えなければ再び広島の東洋医学と出会うことはできないという状況にあった。
 杉原芳夫先生も小川新先生もすでに他界されている。
 私は『ジュノーさんのように』第1巻と第2巻を十河先生にお送りする際の添え書きで、これまでの無沙汰を謝し、19年前の経験に基づいて「梅ドみ運動」を始めたことをお知らせした。そして、思い切って、今回の福島の非常事態に際して、あらためてご指導をお願いしたい旨のことを書いたのだった。

 日を改めて電話で話したとき、十河先生は私にすぐに「解毒」の方法について細かく指示されるとともに、甲状腺がんの予防法等についてもすぐに伝達したい、と言われた。そこには、過去のわだかまりなどなく、放射能被曝
から少しでも苦しむ人を救いたいという真率な姿勢のみがあった。
 いろいろと他の準備に手間取って、十河先生に直接お会いできたのは5月に入ってからであった。
 私は、その場で、外部被曝を除去する「入浴剤」と、19年前にみんなで作った「貼薬(テンヤク」を何段階も進化させた、晩発性障害の予防用の「貼薬」のレシピを教えていただき、それらを「ヒロシマの知恵」として広く無料でフクシマ・ヒバクシャに提供してもよいという許可をいただいたのだった。これらは、十河先生が長年の間、難病で苦しむ被爆者の方々を診療し治癒してもらう過程で練り上げていかれた予防法なのである。まさに被爆者との合作であり、真に「ヒロシマの知恵」の名にふさわしいものであろう。副作用はなく、広く誰にでも使ってもらえるもので、事実広く人びとに手渡していくものであるから、「薬」の名を排し、「貼剤」とした。2種類の「ヒロシマの知恵」、入浴剤と貼剤(テンザイ)である。これには無数の被爆者の苦しみがこもっている。この「ヒロシマの知恵」をヒロシマからフクシマへ被爆者のこころと志を汲む者たちが無料で手渡していくこと、それが、私たちに課せられた歴史的要請であろう。
 かつて吉益東洞の「解毒」の医学が広島民衆に徐々に浸透していき百数十年近くの時を隔てた被爆時に多くの市民の命を救ったように、この「入浴剤」と「貼剤」には放射能排毒のための「ヒロシマの知恵」としてフクシマの人びとの間にあまねく伝わっていってほしいものである。そして、フクシマの人びとには、これらの「ヒロシマの知恵」を支えとして体を守りながら、一日も早く非汚染地域との間に新しい生活圏・経済圏を確立し、汚染地域から避難して、人体に対する放射能の害を最小限にとどめ、未来の命を守り、未来における故郷の復活の可能性を残してほしいものである。
 私が19年間の無沙汰の失礼をお詫びすると、十河先生は「こういう回り合わせだったんだね」と言われただけであった。
 また別のときには、「オレもね、あれから研鑽を積んだからね。今の貼薬はあのころのと比べて5~6倍の力はあるよ」と言われた。19年前の「本治」と「標治」の別も今はない。課題だった「かぶれ」対策も進化している。
 
 現在ジュノーの会では、福島の人びとに、「梅ドみ」に代表される食品をできる限り届けて日常生活のなかで解毒と免疫力強化を実践してもらう、ということを基本に、さらに、より即効力のある「ヒロシマの知恵」すなわち「ジュノーの会入浴剤(非売品)」と「ジュノーの会漢方貼剤(テンザイ)(非売品)」を手作りで作成して、フクシマ・ヒバクシャの人びとに無料で送りつづけているが、さらに量を増やしスピードをあげたいと考えている。これまでに広島で得られたすべての放射能対処法をフクシマに提供し抜いて、「晩発性障害」の発症を最小限にくいとめるのである。
 資金は、会員からの会費と寄付だけである。放射能被害を憂える方々は、心あらば、どうか賛同者を募っていただきたい。費用を東電と日本政府に要求しても、どうせ話にならない。繰り返して言うが、「解毒」は症状が出てからでは手遅れになる可能性が大きい。とにかく急ぐのだ。私たちがつぶれるならつぶれても仕方がない。これには日本列島に住むすべての人の未来の命がかかっているのである。しかも、貧者の一灯を基にした一人ひとりの力の集積で、この難題に挑戦するしか私たちには道はない。最悪だと数百万人と予想される「晩発性障害」の発症をできる限りくいとめるのだ。予防のための行動は、もとより無償の行為である。国家が露骨に危害を加え棄民政策を強要してきているにもかかわらず、その暴力性にほとんどの国民が無自覚であるなら、貧者の一灯を、一灯一灯と連ねて、無辜のいのちを守るしか道はないではないか。
(甲斐記)
(つづく)


梅ドみ 3/28~9/16(金)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -495,685円  収入(梅ドみ募金)3,099,452円   支出(購入分)3,595,137円   
(内訳)味噌 3,960kg 1,132,400円; 梅干・醤油 832,338円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 944,014円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 111,372円;運送費(+郵送費) 326,630円(112回分)

(9/16・金)第112便(ダンボール5箱)
 内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、すりごま(黒)3袋 
    ②味噌20㎏、柿の葉茶(内田さん手作り)12袋、つなぎ服2点、上っ張り1点、おしめ1袋、おしり拭き(赤ちゃん)3袋
    ③味噌20㎏、徳用ウーロン茶2袋、柿の葉茶4袋、おしめ20枚、パジャマズボン1点、長袖シャツ1点
    ④味噌20㎏、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶4袋、柿の葉茶2袋、カットわかめ(大)1袋、すりごま(黒)3袋、おしめ8袋
    ⑤自家製梅干し20瓶(府中ニュース速報提供)

市場芳子さん、市場恵子さん、原田周子さん、永野由美子さん、見浦さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.177 福島県からは全員避難しなければなりません~その6・チェルノブイリの子どもたちへの貼薬治療~

NO.177
福島県からは全員避難しなければなりません~その6・チェルノブイリの子どもたちへの貼薬治療~

 日本東洋医学会中四国支部広島県部会による貼薬(テンヤク)治療の効果については、たとえば、当時(1992年9月)、ウクライナ科学アカデミー・キエフ小児科産科婦人科研究所からは、次のような報告が寄せられた。

「甲状腺機能を正常化するための貼薬―фитопунктура―を4歳から14歳の年齢の児童18人に使用しました。その内訳は、放射能監視地域のチェルニゴフ州チェルニゴフ地区に住んでいる10人と、同じく監視地域のジトーミル州マリンスキー地区に住んでいる2人、そしてキエフ市バトゥチンスキー地区(プリピャチ市から避難してきた人々が住んでいる地域)に住んでいる6人です。
 貼薬の効力を調べるため、1クールの治療の前後に甲状腺の状態を超音波で検査し、また、血液中の甲状腺ホルモンのレベルを調べました。甲状腺ホルモンのレベル変化は、現在分析中のため後で報告します。
 甲状腺構造を調べた超音波診断のデータに従って子どもたちを2つのグループに分けました。第1グループは、甲状腺の組織構造の変化の見られなかったもので、4歳から11歳の年齢の13人です。そのうち10人が甲状腺過形成第Ⅰ段階で、3人が甲状腺過形成第Ⅰ-B段階です。第2グループは、8歳から14歳の年齢の5人で、そのうち4人が甲状腺過形成第Ⅱ段階、1人(14歳)が甲状腺過形成第Ⅲ段階です。甲状腺過形成第Ⅱ段階の4人の子どもの内、1人に小さい嚢胞―киста―が見られ、3人に甲状腺組織構造のびまん性硬化が見られました。また、甲状腺過形成第Ⅲ段階の子は、びまん性中毒性甲状腺腫――диффузний токсический зоб――です。
 教えていただいたツボに貼薬を施したところ、甲状腺過形成第Ⅰ段階の場合、14日後にすべての子どもたちの甲状腺の大きさが正常になりました。また、第Ⅰ-B段階の場合、甲状腺の大きさが正常になるまで21日間かかりました。その際、甲状腺の大きさの正常化はいずれも同程度に見られ、他の随伴する病状の多様による相違は認められませんでした。
 第2グループの子どもたちの場合、治療期間は1カ月にも及びました。そのうち、甲状腺過形成第Ⅱ段階の1人の子どもについてのみ、甲状腺の大きさは正常に戻りましたが、組織構造のびまん性硬化状態に変化が見られませんでした。また、小さい嚢胞の見られた1人については、甲状腺過形成第Ⅱ段階のままではありましたが、治療開始の1カ月後に嚢胞は消散しました。組織構造のびまん性硬化のあった甲状腺過形成第Ⅱ段階の子どもたちの内の残りの2人、および甲状腺過形成第Ⅲ段階の子どもには、治療後1カ月たっても目だった変化は見られませんでした。
 子どもたちは外来で治療を続けており、治療を開始してから2ヵ月~2ヵ月半後にあたる1992年9月に再び検査を行います。
 現在までの分析結果を見ると、ご提案のツボでの貼薬治療は、様々なレベルで効果的であることが明らかとなりました。最適な治療期間を確定するために引続いて研究することが必要です。
 (略)
 この治療法には注目に値する優れた点があります。治療の過程で、患者が心理的に耐えやすい療法であること、また、副作用がまったく見られないということです。」

(而立書房刊『ジュノーさんのように』第3巻「原子力発電所の爆発事故から6年目のチェルノブイリの子どもたち」p.126~128)

 当時、この貼薬治療は、ジュノーの会が招くすべての「チェルノブイリの子どもたち」に施され、そのいずれの場合にも、明らかな効果が見られた。
 「検査だけかと思っていたら、広島では治療も受けることができて、帰ってからは元気になりました」という声が、来日したチェルノブイリの子どもたちの親たちからよく聞かれた。この広島での「治療」は、上田・浜本両先生を軸とする広島赤十字病院でのカーチャちゃんに対する白血病治療を除けば、すべて東洋医学による治療で、貼薬という、帰国後も自分で家庭で継続して行える方法を軸としたものだったのである。
 この貼薬は、来日した子どもたちのみならず、キエフ市やチェルニゴフ州でも使われ、大量発生したチェルノブイリの子どもたちの健康異常に対する有力な治療法として、ウクライナの各医療機関から共同研究・実施協力が熱望された。その一端は、『ジュノーさんのように』第3巻「原子力発電所の爆発事故から6年目のチェルノブイリの子どもたち」と第2巻「チェルノブイリからきた医師と子どもたち」に書かれているので、ぜひ一読していただきたい。(いずれも而立書房―じりつしょぼう―刊、定価税込1,575円です)

 しかし、こうした貼薬治療の実施のための財源にと申請した「国際ボランティア貯金」において、この東洋医学による国際医療協力は一切の資金配分を拒否され、助成金は西洋医学的手法による医療協力にのみ多額に配分されるという結果をみたのである。ジュノーの会では、その西洋医学のみによる医療協力を推進するための諸活動・自己資金集め等に忙殺され、自力で推進しようとした東洋医学による医療協力に割くだけの余力はついに残らなかった。
 ウクライナの医師・医療機関は、キエフ小児科産科婦人科研究所をはじめ、のちのちになっても貼薬での治療協力を要望してきたが、ジュノーの会にはその要望に応えるだけの余力がなかった。
 その後10年近く経って、2000年にウクライナ赤十字を訪れたとき、私は、多くの貧しいチェルノブイリ被災者のためにウクライナ赤十字が薬草を煎じて配っているのを見て、「無限大の無念」ともいうべき後悔を覚えたことであった。こんなことなら、どんなことをしても、あのとき貼薬治療をウクライナに広く普及させておくべきだったのだ。
 東洋医学の治療をチェルノブイリに届けたいという私の望みに対して、杉原芳夫先生がどれほど熱い議論を私に対して展開されたことか。長時間にわたって、頭から湯気の出るような激しい議論を行ったことも、今ではなつかしい、誇らしい思い出である。そして、日本東洋医学会中四国支部広島県部会として、若手の先生たちを含めて、体制を整えて「チェルノブイリの子どもたち」の治療に当たってくださった。小川新先生の統合医学と十河・杉原先生の経絡現象学とでは、少なからぬ違いがあったであろうが、そうした違いを含めて、すべてを、求めてくるウクライナの医師たちに存分に教授しよう、とのあふれるばかりの好意が漲っていた。
 西洋医学による「早期発見・早期治療」は、予算の裏付けがなければ成立しない。戦後日本では、被爆後12年を経て「早期発見・早期治療」に踏み出す予算的裏付けを一応は手中にし、その後、その援護措置は大きく後退することなく前進してきた。しかし、ウクライナでは、ヒバクシャ援護措置は、財政難から、1999年1月1日をもって廃止されたのであった。医療機器を駆使しての定期検診、それに続く医療費を援助した形でのヒバクシャ治療――そうしたものは、国家経済の裏付けがあって初めて機能するものなのである。言い換えれば、ヒバクシャ援護措置は、財政上の危機があればあっさりと切り捨てられてしまうものなのだ。これは良し悪しの問題ではない。必ずそうなるのである。
 1999年以降になると、ウクライナのチェルノブイリ被災者にとって、検診(と治療)を受けることは夢のまた夢となってしまった。せめて伝統的な薬草を飲んで、その効力に期待するというのが一般化した対処法だ、と言ってもよいのかもしれない。そうした治療上の制約の中で、放射能に対抗するための薬草知識を含むアドバイスが医師たちの手で出版・普及され、そうしたものの中で良心的と思えるものにチェルノブイリ被災者が頼っている、という現象はウクライナでも見受けられるようである。
 こうした現実は、エスタブリッシュメントの側にいる医師と医療機関の情報からは、窺い知ることはできない。
 現在、少なくともウクライナでは、ヒバクシャに対する「早期発見、早期治療」の体制は存在していない。近代医療は、露骨にゼニ勘定の上に成り立っている。

 私たちは、「定期検診、医療費補助のヒバクシャ援護制度」が破綻することを予期して、それ以前から、安価で大量に施すことのできる漢方貼薬をウウライナのヒバクシャの間で広く普及させておくべきだったのである。そうすれば、どれほど多くの人びとの命を救うことができていたことだろうか。その後わかった、ほぼどこの病院にも東洋医学診療科がある、というウクライナの医療事情を考えれば、実際の被曝児童の症例に合わせた東洋医学的知見の深まりが日ウ間の医師同士の間で追求されていくというのが、最も自然な成り行きであっただろう。
 私たちは、どんなに悔いても、この失敗を取り消すことはできない。この挫折の罪を償うことはできないのである。
 この貼薬治療の日ウ医療協力の中止は、のちに「血液感染症予防」が成功裡に展開していながら、国家の壁に遭って中止のやむなきに至ったことと並んで、ジュノーの会の、残念で残念でたまらない二大事件であった。
 私は、もう2度とこのような後悔はしたくない。

梅ドみ 3/28~9/14(水)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -567,099円  収入(梅ドみ募金)2,979,952円   支出(購入分)3,547,051円   
(内訳)味噌 3,900kg 1,116,200円; 梅干・醤油 832,338円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 917,128円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 111,372円;運送費(+郵送費) 321,630円(111回分)

(9/12・月)第109便(ダンボール2箱・うちクール1)
 内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶6袋、カットわかめ(小)6袋 
    ②(クール便)ジュノーの会入浴剤(非売品)51本、タオル3本
(9/12・月)第110便 ジュノーの会漢方貼剤(非売品)70人分
      第111便 ジュノーの会漢方貼剤(非売品)5人分

川高節子さん、原博江さん、山本美紀子さん、衣笠由香さん、宮口典子さん、冨田千代子さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.176 福島県からは全員避難しなければなりません~その5・広島本来の被爆者治療~

NO.176
福島県からは全員避難しなければなりません~その5・広島本来の被爆者治療~

「東洋医学は直観の医学だ」という言葉を、私は初めは、日本医師会のドンとして力を発揮した武見太郎氏の言葉として知った。次に、これは武見氏が「幸田露伴先生」から聞いた言葉だった、ということを知った。うらやましい主治医と患者の関係である。最近では、とくに帯津良一先生が「直観」を重視しておられるようだ。
 被爆後の広島民衆の中に、この「直観の医学」を実践して即座に「解毒」を試みた人びとが数多くいたという事実は、私たちを存在の根底から勇気づける。私たちは、直観を磨き、直観の声に耳を澄まさなければならない。私たちの先行者から私たちに受け継がれているはずの「何か」が、私たちを「生きる」方向へと導いてくれるにちがいないのだ。
  *   *   *   *   *   *
被爆・被曝時には一切の医療が壊滅する。広島での被爆者治療はほぼすべて、吉益東洞以来の広島民衆の間に根付いていた伝統療法(民間療法)であった、と言ってよい。民間療法の「民間」の二字を軽んじる者は、天に向かって唾する者と言わざるを得ない。郊外の病院に助けを求めた人びとや県北に護送された人びと、県東部、山口県、岡山県など、あるいはもっと遠くの地方に逃れていった人びとの中には、少しは医療の恩恵を受けた人もいたかもしれない。しかし、それらとて「被爆」そのものに対する治療ではなく、けがややけどに対する応急処置や応急手術であっただろう。原爆の「毒」そのものに対する治療は、原爆そのものすら知られていない段階にあっては、「医学的」もしくは「科学的」には想像だにできないことであった。
 一方、被爆地での治療と言えば、マーキュロがあればマーキュロを塗る、松根油があれば松根油を塗る、といったものが最善のものであった。そうした処置を、長い長い待ち時間を経て、受けることのできた被爆者は幸運であった。被爆時には、病院も医療スタッフもすべてが消失するのである。かろうじて焼け残った建物や、仮に設営した救護所で、九死に一生を得た(そして多くはやがて斃れてゆく)僅かな数の医療スタッフたちがとりあえず治療にあたったのだが、ほとんどすべての場合、薬も包帯もすぐに払底した。治療活動を行うことのできる医療スタッフが絶対的に不足しているのだが、日にちが経つにつれて他の地域からの応援がやってきた。しかし、やはり、膨大な数の被爆者に対して、医療スタッフと医療資器材があまりにも不足していた。
 広島の場合、一応医療らしいものが行われたのは、被爆後1ヵ月以上たった9月10日頃のことであった。赤十字国際委員会の極東代表であるマルセル・ジュノーが15トンの医薬品を提供してくれたのだ。途中で3トンが何者かによって(陸軍関係者であろうと推測されている)持ち去られ、実際に届いたのは12トンであったと言われるが、広島の被爆後の焼野が原で「民間療法」以外の近代的な医療が行われたのは、このジュノー医薬品によるものだけだったのである。
 もっとも、焼野が原の広島にも、たった一つだけ十分な医薬品と医療スタッフを擁して無傷であった病院が存在した。おわかりだろうか。陸軍病院である。当然、被爆者は陸軍病院に殺到する。しかし、陸軍病院は、その資材を治療のためには使わなかった。ここでは、ただ、「調査」だけが行われたと言われている。なぜ? 被爆者のデータを米軍に売り渡すことによって、自らの「戦争犯罪」を免責してもらう、というのがその目的であった。事実、陸軍病院を中心とする日本人医師たちが集積したデータはすべて米軍に持ち去られ、原子爆弾という大量破壊兵器の威力の程度を客観的に証明するものとして活用され、その後の米軍の核戦略の重要な基礎資料となった。
 「調査はするが治療はしない」というのは、陸軍病院に始まり、その後のアメリカのABCC、放射線影響研究所へと連続する広島の「放射線医学」の伝統である。チェルノブイリ原発事故に際して、この放射線影響研究所の理事長であった重松逸造氏が中心となってIAEA(国際原子力機関)の報告書を作成し、「チェルノブイリには放射能による被害はない」とし、世界にヒロシマの価値を貶めたのはよく知られている。そして、重松逸造氏の後継者が長瀧重信氏で、その長瀧氏の愛弟子が山下俊一氏である。
 広島大学原爆放射能医学研究所もまたアメリカの援助によって設立された医療機関である。
(福島の講演では、ここまで詳しく話すことはできなかったが、一応の概略は述べた。そして、「重松逸造氏の後継者が長瀧重信氏で、その長瀧氏の愛弟子が」と私が言いかけると、聴衆のほうから「山下俊一」という声が上がった。福島の人たちは、よくご存知のようだ。)

「広島での被爆者治療はほぼすべてが吉益東洞以来の広島民衆の間に根付いた民間療法であったと言ってよい」と私が言い切る意味がおわかりだろうか。マーキュロ塗布、応急手術など以外の「治療」は、すべて民衆自らの手で行われたのである。被爆直後に「治療」できるだけの医療資材を持っていたと言われる病院は「治療」をしなかったし、大日本帝国陸軍→米軍・日本国政府と続く大規模な公的医療機関の伝統は、「調査」はするが「治療」はせず、という性格によって貫かれていた。「治療」しない「被爆者治療」というのは、明らかに言語矛盾である。「放射線医学」なるものは、「治療」を目的とするものではないのである。(こうした「放射線医学」に烙印された性格に苦しんでいる良心的な医師はたくさんいた(る)はずで、そこに希望が存在したし、今なお希望が存在しつづけているとも言える。)
 もっとも戦後広島の被爆者医療を陸軍病院・ABCC・放射線影響研究所にのみ帰するとすれば、それは甚だ公平さを欠いている。広島赤十字・原爆病院や逓信病院などの存在や、開業医有志たちによる獅子奮迅の働きを忘れてはならない。広島の開業医たちは、復員してきた若い医師を中心に「土曜会」という研究グループをつくって、原爆被害に立ち向かったのだ。彼らは自分たち自身の出費で無料検診を実施し、討論を繰り返して、未曾有の人間破壊に抗する道を医学の力で切り開こうとした。最初は、無料の検便から始まったこの努力はやがて大きな流れとなり、広島の各病院・医院をつなぐ検診体制を打ち立て、検診車による被爆者定期検診を実現させ、「早期発見・早期治療」への道筋を確立した。「土曜会」の活動の中から生まれたのが、原爆障害対策協議会(原対協)であり、ここでの迅速・正確な検査が広島の各医院の大きな力となったのである。ちなみに、こうした検診・治療体制をつくりあげていくうえでの費用は、お年玉付き年賀はがきの収益でまかなわれたりするなど、さまざまな努力によって捻出されたのであって、国庫から出たものではなかった。
 「検診・治療」、一言でいえば「被爆者救済」という課題に対して、国は一貫して冷淡である。広島の「早期発見・早期治療」の被爆者医療は、こうした草の根の広島の医師たちが、被爆者・市民の願いに包まれて、使命感に貫かれた献身的な努力を積み重ねた結果、少しずつ実現させていったものなのである。福島ではどうだろうか。国が決して歩み寄ってこないであろうことは推測がつくが、福島版「土曜会」の活躍は始まっているのだろうか。ABCC=福島県立医大という構造が見られる今、福島版「土曜会」の活動の成否が重要なのではないだろうか。

 さて、では、吉益東洞以来の広島民衆の医学思想に根付いた「被爆者治療」、本来の「被爆者治療」の流れはどこに行ったのだろうか。本来、戦後日本の「放射線医学」は、被爆直後に民衆間で試みられた「被爆者治療」の検証からスタートすべきであったはずだ。「なぜドクダミは効いたのか」。「ほんとうにドクダミは効いたのか」。「なぜタニシは効いたのか」。「ほんとうにタニシは効いたのか」。こういった研究課題が山のようにあったはずである。しかし、敢えて言うが出発点において売国奴的な性格を刻印づけられた広島の大手公的医療機関においては、こうした方向の研究は行われることはなかった。戦後広島の医学研究は父祖たちが自らの命を賭した「被爆時の人体実験」から目をそむけて米国追従路線をひた走った、ということがおおむね文化史上の事実なのである。広島のあらゆる面に植民地的特性が色濃く影を落としている。
 だが、言うまでもなく、吉益東洞以来の伝統医学の流れを汲んで被爆者の抱える難病と格闘しつづける医学は、戦後の広島でも途絶えることなく続き、その治療技術を深化させていった。それは、一般的には東洋医学と呼ばれる手法を駆使する医師たちの中で受け継がれ、被爆者との一対一の診療行為の中でさらに精緻なものへと練り上げられていったと言えよう。
 この方面での代表的な広島の医家は、「統合医学」を唱えた小川新(あらた)医師と「経絡現象学」の十河孝博医師であろう。ジュノーの会では、20年前、広島のすべてをチェルノブイリに伝えようとしたことから、チェルノブイリの子どもたちの招聘にあたって、広島の東洋医学による治療をも届けようとした。その際、日本東洋医学会中四国支部広島県部会では、小川新・杉原芳夫・十河孝博という三人の大御所を中心に「チェルノブイリの子どもたち」に対するしっかりとした治療体制を組んで対処してくださった。このとき、東洋医学の「貼薬(テンヤク)」による治療が、チェルノブイリ被災児童にかなりの効果を発揮したのであった。

(甲斐記)
(つづく)

梅ドみ 3/28~9/09(金)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -479,721円  収入(梅ドみ募金)2,954,952円   支出(購入分)3,434,673円   
(内訳)味噌 3,780kg 1,083,800円; 梅干・醤油 755,680円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 917,128円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 111,372円;運送費 318,310円(108回分)

(9/09・金)第108便(ダンボール4箱)
 内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶2袋、カットわかめ(小)2袋、すりごま(黒)4袋、自家製梅干し8袋 ②味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、カットわかめ(小)1袋、すりごま(黒)10袋 赤穂の塩4袋、自家製梅干し6袋、③味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(小)4袋、すりごま(黒)4袋 ④マルシマ梅干し2ケース、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、赤穂の塩8袋、すりごま(黒)4袋、タオル4枚 

安東義博さん、石田由紀さん、真田秀美さん、牧原憲夫さん、ありがとうございました。湯藤弘美さん、たくさんの梅干し、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.175  福島県からは全員避難しなければなりません~その4・梅ドみ運動~

NO.175
福島県からは全員避難しなければなりません~その4・梅ドみ運動~

 原爆投下の残虐さは他に例えようもありません。広島では、一瞬にして万を越える人びとが文字通り消え失せ、あるいは木の葉のように焼かれ、かろうじて生き残った人びとの中でも、数万人の人びとが、あるいは焼けただれた皮膚を垂らして幽霊のように歩きながら、あるいは倒壊した家屋の下敷きになって、あるいは水を求めて川べりにたどりついて、やがて息絶えていきました。そして、被爆の惨状の中でなんとか命を取り留めたかに見えた人びと、無傷で元気に救助作業を行っていた人たちが、被爆後2週間くらいした頃から高熱を発し、髪の毛が抜け、大量の血を吐くなどしながら亡くなっていきました。ピカに遭った者は全員が酷い死を迎えることになるのだ、という恐怖の現実。原発事故の場合、のちの晩発性障害の過酷さは存在しますが、原爆被爆の残虐さに匹敵する恐怖を体験する人は、ほんとうに僅かの、限られた人数の人たちだけだと言えます。
 少しでいいですから、1945年8月6日から約1ヵ月間の間に広島の地で起こった出来事のことを、知ろうとしてみてください。見渡す限りの廃墟。焼野が原。屍の山。無残な状態の生存者。昨日まで元気だった人があっという間に立ち上がれなくなり、死んでいく。
 そんな状況の中で、ある人はドクダミを飲み、またある人はハブソウを飲み、あるいはハトムギを飲み、柿の葉を飲み、あるいはカワラヨモギを食べ、あるいはたくさんのニンジンを食べ、あるいは味噌汁を飲み、あるいは味噌漬けを食べ、あるいはごま塩をまぶした玄米おにぎりを食べたり、あるいは梅干しを食べ続けたりしました。お灸もさかんに行われました。大量のお酒を飲んだ人もいましたし、大量の水を飲んだ人もいました。原爆症を乗り越えて生きた人の中には、このような、自分を救う療法を自ら行った人もいたのです。
  *   *   *   *   *   *
 私は、「避難」と「無料定期検診・治療制度」の話で暗く暗くなってしまった会場で、「梅ドみ運動」について話し始めた。
 「梅ドみ」と簡単に言うが、ちょっと考えてもらえればわかることだ。焼野が原の広島で、瀕死の被爆者が、わけもなく、そのあたりに生えている雑草を食べただろうか。そんなことはあり得ない。ドクダミを飲んだ人は、ドクダミを飲もうとして飲んだか、あるいはドクダミを飲ませようとする人によって飲ませてもらったのだ。ハブソウもそう。味噌もそう。カコソウもハトムギもカワラヨモギも、みんなそうなのだ。みんな、それらを飲もうとして、あるいは食べようとして、意識的にそれらを摂ったのだ。これらの行動は自覚的な救命行動だったのだ。
 なぜ人びとはそんなことをしたのか。
 答えは明白だ。
 被爆時に梅干し、ドクダミ、味噌、ごま塩、ニンジン、ハブソウ……などを摂った人びとは、これらの食品や薬草には「解毒」の力があるということを知っていたのである。
 彼ら・彼女らは、原爆のすさまじい破壊力とその後の惨状を体験する中で、すぐに「毒」を体外に排出しなければ死んでしまうと直感し、毒を体外へ排出するための方法を懸命に試みたのだ。
 では、なぜ、これらの広島の民衆は「解毒」の方法を知っていたのか。
 
 広島は、18世紀に、吉益東洞という医師を生んだ街だ。吉益東洞は「万病一毒説」をもって一世を風靡した、当時の日本を代表する医家である。彼は、病の原因となる毒を排毒することによって病は治ると主張し、患者の症状を吟味することによって、それぞれにふさわしい解毒の処方を行い、多くの命を救った。
 広島には、この吉益東洞の影響から、解毒の医術が浸透していたのである。それらは、代々の医家を通して、患者に伝えられ、さまざまな民間療法として人口に膾炙していたと思われる。体内に入り込んだ毒を解毒するには、ある場合はドクダミがよいし、またある場合はカコソウがよいし、別の場合はタニシがよい、といった具合である。民衆に対する医家による医学教育は、今日にくらべて、はるかに広く豊かに行われていたようだ。
 この18世紀の吉益東洞以来の解毒の医術が、長い年月の間に広島の民衆の間に定着し、被爆時に多くの被爆者の命を救ったのである。これらの広島の人びとは、原爆後の悲惨極まる状況下で、ピカを「毒」だと直感し、必死で、自分たちの知る限りの解毒の方法を試みたのだ。

 また、被爆直後の広島で人びとが自他に対して解毒の方法を試みようとしたのは、広島が日本における赤十字運動の拠点都市であったことにも深く関係している。
 佐野常民の生涯の悲願であった「敵・味方を問わず戦場で傷ついた傷病兵の命を救う赤十字活動」は、日清戦争の戦場で初めて実現する。日本赤十字の救護班は、銃弾の止む僅かの間に、敵・味方を問わず、戦場に斃れている人びとを収容し、治療し、多くの傷病兵の命を救ったのである。少なくとも日露戦争期のある段階までは、日本赤十字の人命尊重の活躍は、諸外国から、諸外国の人道支援団体からも、大きな賞賛と尊敬を得、文明国・日本の価値を大いに高めたのであった。
 この黎明期の日本赤十字の清新な活動は、広島で組織され実行に移された。この赤十字活動を中心的に担ったのは、安芸(広島県西部)・備後(広島県東部)の若者たちであった。少なくとも1890年代には、広島県一円で、赤十字の実施訓練が行われていたようである。
 原爆投下後の惨状の中でも、人びとの間で、互いに助け合い互いに解毒の方法を教え合うという行動が見られたのは、このような数十年来の赤十字活動の成果でもあっただろう。
 広島は、大日本帝国によって軍事都市に変貌させられようとする以前は、民衆の間に伝統医学・民間療法の知識が広く浸透した、赤十字活動の拠点都市だったのである。

 こうした広島民衆の在り方が、原爆被爆の緊急事態下に、人びとを「解毒」に導き、多くの命を救ったのだった。頭上で太陽2個分の爆弾が炸裂し、地上に地獄が現出したとき、吉益東洞以来の広島の民衆の歴史が、人びとを「毒を出す」行動へと導き、さらに赤十字活動の歴史が相互治療・相互介護的行動をも生み出すことになった。
 
 そして、こうした、原爆時に多くの人びとの命を救った「解毒」の方法のエッセンスを、ジュノーの会では「梅ドみ」と呼んで、フクシマの人びとに早急に届けようとしてきたのである。
 症状が出ない間はこうした解毒の方法はかなり有効だ、と言われている。しかし、このことは言い換えれば、症状が出てからでは手遅れだ、ということでもある。私は取るものも取りあえず、一刻も早く、これら「解毒」の方法をフクシマの人びとに伝えようとした。遅れれば、それだけ命に危険が迫るのだ。

 ともかく、このような広島の江戸時代以来の民衆の歴史に基づく「解毒」の方法が「梅ドみ」なのだ、ということを私は話そうとした。わかってもらえるように話せたかどうか、自信がない。
 大日本帝国軍隊による軍事都市化にもかかわらず、広島民衆の間に脈々と流れ続けた人道支援都市の伝統が、原爆被爆後の惨憺たる日々にあって、一切の医療施設・医療器具・医療スタッフが消失または欠乏していた状況下で、多くの人びとを自覚的な解毒行動へと導き、多くの人びとの命を救ったのだ。「梅ドみ」は、この「民衆の英知」のエッセンスなのだ。みなさん、「梅ドみ」を積極的に試してみてください。実際、被爆・被曝時に有効な対処法は他にはないのです。――私は、そんなことを一生懸命に語ろうとしたのだった。
 
(甲斐記)
(つづく) 


梅ドみ 3/28~9/07(水)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -534,161円  収入(梅ドみ募金)2,884,952円   支出(購入分)3,419,113円   
(内訳)味噌 3,780kg 1,083,800円; 梅干・醤油 755,680円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 908,644円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 108,296円;運送費 314,310円(107回分)

(9/06・火)第106便(ダンボール1箱)
 ①マルシマ梅干し2ケース、マルシマ梅干し8袋(ばら)、味噌2袋(ばら)、100%ドクダミ茶2箱、徳用ウーロン茶1袋、カットわかめ(小)2袋、赤穂の塩6袋
(9/07・水)第107便(ダンボール4箱)
 内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、徳用ドクダミ茶2袋、カットわかめ(大)1袋、すりごま(黒)5袋 ②味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、すりごま(黒)7袋 ③味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)6袋 ④マルシマ梅干し2ケース、徳用ウーロン茶1袋、徳用ドクダミ茶8袋、カットわかめ(小)1袋、赤穂の塩7袋

朝守双葉さん、奥中裕子さん、岡村智子さん、田佳子さん、清水美樹子さん、島本実夫さん、松島美紀子さん、信岡賢一さん、ありがとうございました。 

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.174  福島県からは全員避難しなければなりません~その3~

NO.174
福島県からは全員避難しなければなりません~その3~

 何名くらい来ておられたのだろうか。ざっと70~80名くらいだろうか。会場の部屋はほぼいっぱいだった。
 私は、まず、福島県外の者が充分な動きができていないことについて謝ることから話を始めたと思う。とくに、「避難」を進められないのは、福島の問題というよりも、福島以外の受け入れ体制の問題だ、といったことを話そうとした。福島と他の地域を結んだ新しい経済圏というか、生活共同体のようなものが生まれなければならない。避難というよりも、40年ほど一家全員で単身赴任をして、40年ほど経ったら戻って新しい福島を建設する、という生き方を選ぶのだと思う、と話した。
 福島は今だけ居てはいけない土地なのだ。人間が傷つきさえしなければ、将来は必ずまた豊かな土地になる。人間が一旦外に出て、その間に専門的な知識をもとにして除染を進めるのだ。まず、上流や山、森の除染に全力を傾けるべきではないか。まず上流、次に中流と、専門家の指示のもとで、作業員の健康を守りながら除染作業を続けていくのが順当な在り方で、市街地や学校の校庭などは、人間が避難しさえすえば、一番後回しでもよいはず。また、海岸部に至っては、何もしないでも放射能はやがて海に流れだして、残留放射能はほとんどないという状態になるはずだ。海岸部は案外早く住めるようになるのではないだろうか。広島も、1ヵ月後、枕崎台風に襲われ、大きな被害は出したが、台風がほとんどの残留放射能を海に洗い流してくれた。だから、自然の摂理にしたがって仕事として専門的に除染を進めていただければ、大体40年くらいで福島は元通りになるのではないだろうか。
 ただ、その40年間だけは、人間は福島に居てはいけない。内陸部にあるチェルノブイリとちがって、日本は海に囲まれているから、いずれ放射能は海に流れ出る。汚泥とか、側溝とか、特にたまりやすい部分に注意が必要だが、その他の大半の部分では、やがて線量は旧に復するだろう。やがてと言っても5年10年の話ではなく、最低でも30年、40年という話ではあるが。しかし、この30年40年のうちに、人間が傷ついてしまったら、もう人間はもとに戻ることはできなくなる。「チェルノブイリの子どもたち」の世代では、女性たちはなかなか産み月まで赤ちゃんを胎内に宿すことができなくなっている。また、生まれた子どもたちも様々な問題を抱えていることが多い。さらに、「チェルノブイリの子どもたち」の次の世代では、さらに問題は深刻になっていくのではないかと思われている。人間自体が傷つかなければ、土地は、どんなにか困難はあろうとも、また回復することができる。だけど、人間は、遺伝子が強く損傷を受けては、なかなか回復することは困難だ。だから、今だけ福島に住んではいけない。一般の会社員が転勤で40年間故郷を留守にするのと同じ感覚で、40年間この地を離れてください。家や土地の権利は決して手離さないでください。必ずまた戻ってこれるのですから。

 話しているうちに、会場の雰囲気は暗くなっていった。そして、私はさらに、「全科無料検診・治療」制度の必要性を話そうとした。
 ヒロシマとナガサキの被爆者は、世界のヒバクシャの中では例外的な存在だ。世界のヒバクシャの中で援護措置を受けているヒバクシャは、ヒロシマ、ナガサキの被爆者だけだ。他のヒバクシャはみんな放置され、棄民扱いされ、病気になっても検診も治療も受けることはできないまま。ウクライナの場合も、ヒバクシャ援護は財政的に破たんし、1999年以来、チェルノブイリ被災者は無保護状態にある。無料検診制度は崩壊し、みんな治療費を払うことができないので、なかなか病院へはいけない。異常がわかったときは既に遅いのだ。しかも、ほとんどのヒバクシャは貧しく、死亡しても死因を確かめられるような体制はない。だから、ヒバクシャがさまざまな病気で亡くなっても、統計上の数字に反映されることはない。
 フクシマ・ヒバクシャの場合、このままいくと、ヒロシマ、ナガサキのタイプではなく、世界のヒバクシャと同じタイプの状況が待っているだろう。ヒロシマ、ナガサキの場合は、朝鮮特需、高度経済成長と続く歴史的状況下で例外的に援護が可能だったわけで、あくまでも例外なのです。……もう限界だった。会場の雰囲気は暗く固くなる一方だ。「避難」の話は一旦切り上げるしかない。
 私は、「こういうふうな状態ですが、ジュノーの会では3月以来『梅ドみ運動』を呼びかけてきました。実は、この梅ドみには、奥深い歴史があります。今日はその説明もさせていただきたいと思います」と言って、「解毒」「梅ドみ」の話へと方向転換をすることにした。ここまで30分くらい。あとでもう一度「避難」の話に戻ることもできるだろう。
(甲斐記)
(つづく)

梅ドみ 3/28~9/05(月)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -542,346円  収入(梅ドみ募金)2,836,952円   支出(購入分)3,379,298円   
(内訳)味噌 3,780kg 1,083,800円; 梅干・醤油 755,680円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 877,693円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 104,432円;運送費 309,310円(105回分)

(9/05・月)第104便(ダンボール3箱)
内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋  ②味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、徳用ドクダミ茶2袋、カットわかめ(大)1袋、すりごま(黒)3袋 ③味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋 
(9/05・月)第105便(クール便)
  ジュノーの会入浴剤(非売品)49本

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

FC2 Management

NO.173 福島県からは全員避難しなければなりません~その2~

NO.173
福島県からは全員避難しなければなりません~その2~

 私は、3・11以来、フクシマのことに専念して過ごしてきたが、少しずつ少しずつ常に事態の重大さに後れをとってきた、という印象がある。その時点その時点の的確な行動を、少しずつ外してしまっている。
 なかでも、最初期に援助体制を組めなかったことが一番大きい。「梅ドみ運動」を実際に開始したのも3月28日である。3・11から2週間以上経っている。
 懺悔、懺悔、懺悔。フクシマの人びとに申し訳なくてたまらない。
 さらに、まず第一に発すべきであった「一斉避難だ!」「逃げろ!」の声が弱すぎた。
 最初期に政府の目くらましに遭って、「避難だ!」と大声で言えなかったのも痛恨の極みだが、その後、各地の線量観測の中で、「これは大変だ!」とわかり始めて以降も、「避難だ!」「逃げろ!」の大波を起こすことはできなかった。
 チェルノブイリの晩発性障害の恐怖の現実を少しでも知る者なら、「即座に避難せよ!」「すぐに逃げろ!」と声を限りに叫んで、大きなパニックを起こさなければならなかっただろう。数百万規模の人びとがジワジワと低線量被曝をしつづけるという恐怖の事態を避けるためには、どんなことでもすべきだったのだ。
 懺悔、懺悔、懺悔。
 なまじ、チェルノブイリ現地の現実を知っているからこそ、どこかで私は、危機的な事態が発生しているのなら、政府が住民全員を一斉に避難させるはずだ、と思い込んでいた面がある。チェルノブイリのとき、プリピャチ市民は一斉に強制避難させられ、その後も、周辺の村々から、遅れ遅れではあるが、人びとは強制避難させられたのだ。私は勘違いしていた。「真に危機的な状況が発生していても、政府が強制退去令を出さない場合がある」というもう一つの可能性をあまり考えていなかったのである。無意識のうちに、私は、この日本国憲法下の日本政府を信頼していた、ということになる。よく考えてみれば、政策決定に携わる者のうちの誰か一人でも、ヒロシマ、ナガサキの問題を自分自身の問題として生きてきた者がいるだろうか。さらに、冷静に考えてみるなら、この日本列島に居住している者は、ほとんど誰もチェルノブイリ被災者の現実など知りはしなかったし、知ろうともしていなかった。3・11以前にチェルノブイリ被災者の現実を知らなかった者が、3・11以降になって即座にその真実の姿を知るということはあり得ないだろう。
 だから、これは、少しでもチェルノブイリ被災者の現実を知っている者の責任である。

 私は、これから、福島の皆さんに向かって、「まず第一に避難」、「次に解毒と免疫力強化」、「そして無料定期検診・治療を実現するために団結を」という内容の話をしようとしているのである。しかし、見たところこれほど平穏な福島で、「避難を!」という声は届くのだろうか。
 私はかつてキエフのニコラ・メンデル医師が書いていた文章の一節を改めて読み直していた。

「(略)チェルノブイリ原発事故は、1986年4月26日に起こりました。この事故で原子炉内から膨大な放射性物質が大気中に放出されました。この日は、ウクライナにとって永久につらい日として残るでしょう。チェルノブイリという言葉は、お灸で使う薬草の一種(ニガヨモギ)を意味しますが、苦しい響きをもってしまいました。
 4月28日、月曜日の出来事は、今でもよく覚えています。その日、私はキエフ医科大学で授業を受けていました。そして初めてチェルノブイリという言葉を聞きました。その時、私たちは、この事故に大きな意味があるとは思いませんでした。公式発表は何もありませんでした。チェルノブイリがキエフからそれ程遠くない所にあることすら、それまでは知りませんでした。
 4月28日は、花や木の香りの漂う春らしい一日でした。いつものように何の用心もしないで過ごしていました。その日、どういうわけか、キエフ市内で、一羽の鳥も見かけませんでした。鳥は1986年の夏の終わりに戻ってきました。
 事故後にも悲劇はありました。――ミハイル・ゴルバチョフ政府は、事故についての真実を隠していたのです。私たちは、身のまわりにどんな危険がひそんでいるのか知ることができませんでした。何の予防措置も講じられませんでしたし、逆に5月1日のメーデーにはたくさんの人々が外で行進を行い、子どもたちは、学校に行き、外で遊びました。
 その日のテレビで見た次のような会話が記憶に残っています。乳母車に子どもを乗せてキエフの街を歩いている若いカップルがテレビに映りました。ジャーナリストがそのカップルに「キエフにも放射能があるといううわさですが、どう思われますか?」と聞いていました。男性のほうが「何ですって!? 放射能? あなたは見えますか? 私は、今日一日中、ぶらぶら歩いていましたけれど、何も感じませんでしたよ。何も問題はありません」と答えていました。
 かわいそうな人たちです。放射能の危険性を何も理解していなかったのです。……もし、真実を知って放射能対策を行っていれば、わずかでも病気の予防になったろうにと、最近よく思います。土中の放射能は、なかなか消えないようです。キエフの放射能の数値は正常になりましたが、人々は、長期に渡って影響を受ける毎日を送り始めたのです。(略)」(1992年10月記。而立書房刊『原子力発電所の爆発事故から6年目のチェルノブイリの子どもたち』p.122~123)

 今、この平穏な福島市街を歩いていると、「かわいそうな人たちです。放射能の危険性を何も理解していなかったのです」というメンデル先生の言葉が真に迫ってくる。
 そして、「……もし、真実を知って放射能対策を行っていれば、わずかでも病気の予防になったろうにと、最近よく思います」。
 ――メンデル先生のこの思いは、爆発事故の6年後の思いなのだ。私たちにはまだ5年半の時間がある。
 しかし、晩発性障害の爆発的発生に先んじて、避難を進め、解毒と免疫力強化を行いながら、全科無料定期検診・治療制度を用意するのには、あと3年~4年しか時間は残されていない。 3年~4年後には、きっと爆発的な発症期がやってくる。
 いや、もしかすると、日本列島では海草を日常的に食べているから、放射性ヨードによる甲状腺障害は多発しないかもしれない。そうすると、セシウムによる病気の多発までは、もう少し時間があるかもしれない。
 いずれにせよ、かりに3年~4年後にそれほどの爆発的な発症が見られなかったからと言って、安心するわけにはいかないのである。このままだと、いずれ、甲状腺障害以外の、たとえば心臓障害とか、脳血管障害とか、いろんながんなどが、そこらじゅうで発生してくる。政府は、それを、「2人に1人はがんの時代だから」と言って、福島原発事故との因果関係を認めない、という態度で押し通す腹づもりだろう。しかし、やがて襲ってくる事態は、そんな姑息な手で押し通せるようなレベルのものではない。考えてもみるがいい。朝、元気で出かけた人が、あちらでもこちらでも突然死を遂げ始めるのである。学校では、体育の時間に見学者が急増し、授業中に背筋を伸ばしておくことができない生徒が急増する。学力低下のため、通常のカリキュラムをこなすこと自体ができなくなる。――さまざまな異変が一気に襲いかかってくる。
 この厳粛すぎる真実、福島の人びとにどうやったら理解してもらえるのだろう。
  いま備えをしておかなければ、あなたたちの未来は、このうえなくつらいものになるのです。
 広島の被爆者で、「がんのために、身体じゅうを切り刻まれたよ。放射能はほんとにむごい」と言う人がいる。実際、いろんながんに次々に襲われ、入退院、手術を繰り返してきた被爆者は少なくない。原爆の後障害がどれほどひどいかをわかってもらうための例として、こうした、手術、手術を繰り返さざるを得ない被爆者の現実が語られることもある。しかし、こうした「入退院、手術」は、被爆者に対する援護措置、医療費補助等の施策があって初めて実施され得るものなのだ。早い話が、ヒロシマ、ナガサキ(とネバダ風下地区の住民)以外の世界のヒバクシャは、こうした定期検診・無料治療の「恩恵」に浴してはいない。
 ヒロシマ、ナガサキの被爆者は、フクシマとは比較にならないほど数が少ない。それでも被爆者のための医療二法ができて一応の援護措置が実現されるまで12年もかかっている。フクシマの場合、ヒバクシャの数が多すぎるため、今のままでは、がんになっても、医療費が補助されることなど、まずあり得ないだろう。がん保険もやがて無用の長物と化す。フクシマ・ヒバクシャには「入退院、手術」を繰り返すような、幸福な医療は手にはいりそうもないのである。まともな検診も治療も得られないうちに、「調査」だけされて、あとは放置されるだけであろう。この日本は、ほんとうに冷たい、無慈悲な国に成り下がっていくのである。大地震、大津波、原発事故で壊滅的な被害を受けた被災地にとって復興への道は遠いが、フクシマ・ヒバクシャ(必ずしも福島県のみではない)にとっては、今が最も幸せな時である。このまま、何も対策を講じないままでいる限り、事態は加速度をつけて悪化していくばかりなのである。
 
 私は咳き込みながら、ようやくの思いでNPO法人シャロームの「まちなか夢工房」にたどりついた。苦しくて仕方がないので、挨拶に応じることもなく、いきなりソファーに固まらせていただいた。ともかく、講演開始までに、この咳き込みと熱っぽいボンヤリ感を何とか改善しなければならない。30分足らずしかない。じっとしていて、梅醤番茶を一杯いただけたのがよかった。そのうえ、ドクダミ茶の薄いのに梅干しを入れたのもいただいた。じいーっと呼吸を整えながらすわっているうちに、これは何とかやれるかもしれないと感じはじめた。私は立ち上がって、ふつうに話してみた。咳も出ない。どうやら今日の務めを果たすことができそうである。それにしても、一斉避難を呼びかけ、避難のための具体策を相談しようという私の意図を貫くには、相当な気合が必要だ。今のこの身体で、そこまで粘り強く話せるだろうか。 
(甲斐記)
(つづく)


梅ドみ 3/28~9/01(木)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -501,646円  収入(梅ドみ募金)2,836,952円   支出(購入分)3,338,598円   
(内訳)味噌 3,660kg 1,051,400円; 梅干・醤油 755,680円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 873,713円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;ダンボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 104,432円;運送費 304,990円(103回分)

(9/01・木)第103便(段ボール4箱)
内訳:①味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、ニンジン5kg、カットわかめ(小)2袋、すりごま(黒)4袋 
    ②味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶4袋、ニンジン5kg、すりごま(黒)4袋 
    ③味噌20kg、徳用ウーロン茶6袋、自家製梅干し・多数、すりごま(黒)2袋 
    ④マルシマ梅干し2ケース、徳用ドクダミ茶4袋、赤穂の塩7袋、自家製梅干し、カットわかめ(小)9袋


  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

NO.172 福島県からは全員避難しなければなりません~その1~

NO.172
福島県からは全員避難しなければなりません~その1~

 8月27日(土)の昼前、初めて福島市に足を踏み入れた。福島駅前から商店街が続いている。人通りの多い、豊かな街だ。みんな、普通に歩き、話し、買い物をしたりしている。誰もマスクなどつけてない。岡山や福山や広島の街なかを歩いているのと、どこも違いはない。あまりに普通なので、戸惑ってしまった。
 すっかり風邪をこじらせてしまって、せき込みつづけ、ふらふらしているせいか、すべてが夢の中の出来事であるような気がする。

3月11日以来、私は自分の生身の体が許容する最大限の働きをした。
 6月下旬頃、坐っている状態から立ち上がろうとすると、甚だしい痛みを感じ始めた。一日平均15~16時間、同じ姿勢のまま書き物をしたり、ブログを打ったりしながら、一方で「梅ドみ」の買いもの、荷造りのため局所的に力を使い過ぎるという日々を約100日連続で過ごしたためか、腰が曲がりそうな痛みだ。
 これは、明らかに極端な運動不足であるため、軽く朝の散歩とテレビ体操を始めてみた。続けているうちに、次第に体が動くようになって、背中の痛みも少し楽になって、作業を続けることができた。
 しかし、毎日の荷造りは予想以上の疲労を体に蓄積させることになり、足腰に負担がかかり、起ち居が困難になっていった。
 8月上旬、今度は突然めまいに襲われた。ちょうど十河先生との相談会の予定があったため、十河先生に診察をお願いすることができた。不整脈や糖尿病の芽はあるが、とくに大きな病気はなく、「気の低下」、エネルギーの枯渇であると診断された。使命感だけで活動しているものの、体のエネルギーが失われているため、しばらくの休息が必要、とのことだった。しかし、休息もできないだろうからと、「補中益気湯」を飲むよう言われた。
 8月中旬、必死の作業を継続中、軽い風邪気味を覚えたが、異変を自らしっかりと自覚することなく、午前3時~4時起きの日課をこなし続けた。22日(月)には咽喉がすっかりかれていたが、福島に行く前に片づけておかなければならないことに、いろいろと追われていたため、従前通りの日課を続けた。
 24日(水)会報第118号を完成させ、『ジュノーさんのように』第4巻の初稿にとりかかろうとしたところ、一挙に体中から疲れが吹き出してくるような感じに襲われ、寝込んでしまった。25日(木)は一日中汗をかいて寝ていた。咽喉の痛みと咳がひどい。
 26日(金)朝、直らない。午前11時まで汗をかきとおして、5~6回シャツを着かえるうちに、やっと起き上がることができた。午後1時半、福島へ向かった。長旅はやはり無理だった。その夜、東京のホテルで一晩中咳き込んで体はベッドの上で折り曲がりつづけた。セミダブルの部屋だったため、バスタオルも寝間着も2枚用意されていたので、それらをすべて、絞れば水滴が落ちるかというほどまで濡らして汗をかいた。
 こうして、やっと、福島へ到着したのだった。
 3月11日以来の「闘い」のクライマックスである。人びとが覚醒してくれるまでわが身を鞭打って人力の限りを尽くしてみようとした、第1ラウンドの終了のゴングがもうすぐ鳴るのだ。
 私は午後1時半から、『ただちに解毒を! 放射能から身を守る「梅ドみ」運動のすすめ』と題して講演を行い、その後、質疑応答、相談会を行うことになっていた。

 私は、できる限り多くのフクシマの人びとの現在と未来の命を救いたいと願って、寝食を忘れて、と言っても過言ではない日々を送ってきた。どうあっても住民の、特に乳幼児、若者、女性の一斉避難と、解毒を進めなければならないと思っている。そうしなければ、少なくとも福島県の範囲内に住む人びとは全員危ないのだ。いや、もはや、今さら何をしても遅すぎるかもしれないのだが、これからでもできる限り最大のことを行うしかない。
 私は第1ラウンドで命を落とすかもしれないが、それはやむを得ない。後がないのだ。時間がないのだ。だから、どんな危険があろうとも、人力の限りを尽くさなければならないのである。「梅ドみ」、入浴剤、漢方貼剤を普及させながら、移住先を見つけて避難してもらうしかない。放射能の害には閾値がない。避難が遅れれば遅れるほど危険が増す。いまの命以上に未来の命が危ない。

 ところが、そうして、決死の思いでやってきた福島では、みんな、以前同様の、普通の暮らしをしているようなのだった。笑いながらショッピングを楽しんだりしているのである。
 咳き込みつづけ、このまま福島で寝込んでしまうのではないかという暗い予感を覚えながら、私は、福島の街を歩いて、まちなか夢工房に向かっていった。この街の平穏さは、夢の中のものであるに違いない。
(甲斐記)
(つづく)
 

梅ドみ 3/28~8/30(火)
 福島市のNPO法人シャロームと連携して、フクシマの被災者の方々にお届けしています。
 ≪ここに挙げるのは、購入分のみです。多くの方々が、自家製味噌、自家製梅干し(多量集まりました)、乾燥ドクダミ、無農薬玄米などを現物で提供してくださいました(現在も継続中)。特に乾燥ドクダミは、刈って、きれいに洗って、充分に陰干しをして、適度な大きさに切って、ビニール袋に小分けして詰めるのですが、ここまで結構、時間も労力もかかります。頭の下がる思いのすることもあります。また、購入分につきましては、府中味噌組合3社、ひろしま全農、マルシマ食品等、広島県内の製造・販売元の方々が、利益抜きの奉仕価格で特別に提供してくださっています。≫

残高 -426,137円   収入(梅ドみ募金)2,836,452円   支出(購入分)3,262,589円   
(内訳)味噌 3,600kg 1,035,200円; 梅干・醤油 717,351円; 十穀・黒米 32,991円; 無農薬(無化学肥料)玄米 60kg 25,800円; 無農薬(化学肥料半減)玄米 120kg 45,200円; ドクダミ(茶)、青のり、黒ごま、自然塩(天日塩)、ウーロン茶、ほうじ茶、かき葉、はぶ茶、ワカメ、昆布、ニンジンなど 859,457円; 漢方入浴剤・貼薬材料117,117円;濾紙、ペットボトル27,275円;段ボール、フリーザーバッグ、粘着テープ、はかり、やかん、容器、アルコール、ハサミ、ピンセット、コットン、レーザープリンターラベル、ペットボトルなど 101,208円;運送費 300,990円(102回分)

(8/25・木)第100便(段ボール3箱)
内訳:①マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ドクダミ茶3袋、赤穂の塩6袋、カットわかめ(小)1袋 ②マルシマ梅干し2ケース、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶5袋、赤穂の塩5袋、青のり粉6袋 ③味噌20kg、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、青のり粉5袋
(8/27・土)第101便(ダンボール1箱)
内訳:マルシマ梅干し2ケース、徳用ウーロン茶5袋、赤穂の塩6袋、自家製梅干し(国竹さん)大袋4袋
(8/30・火)第102便(ダンボール3箱)
内訳:①味噌20㎏、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)3袋、青のり粉3袋 ②味噌20㎏、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶4袋、カットわかめ(大)1袋、(小)2袋、すりごま(黒)3袋、青のり粉1袋 ③味噌20㎏、100%ドクダミ茶4箱、徳用ウーロン茶2袋、徳用ドクダミ茶4袋、すりごま(黒)2袋、カットわかめ(小)2袋

高野都さん、高田恵子さん、シャロームさん、海老沢とも子さん、ありがとうございました。

  みなさん、ジュノーの会・「梅ドみ募金」に力を貸してください。「梅ドみ」とは「梅干し・ドクダミ茶・味噌」のことです。ヒロシマ、ナガサキを生き抜いた人びとの代表的な養生法を紹介しています。
  毎日1個の梅干し(昔ながらの、天日塩とシソだけの)、毎日1杯のドクダミ茶(ウーロン茶とのブレンドで2~3杯)、毎日1杯の(昆布ダシ、ワカメの)味噌汁――これが基本ラインの目安です。これを毎日続けること。(ドクダミ茶については、①飲みすぎに注意してください。おいしいと感じることが目安です。②妊娠中、授乳中の方は医師か薬剤師にご相談ください。)
  砂糖は摂らないようにしてください。黒ゴマ、自然塩(天日塩)、柿の葉、ニンジン、ハブソウ、ほうじ茶(緑茶は避けたほうがいいのです)などを摂るとよいのです。プレーン・ヨーグルトにも排毒の作用があります。あと、免疫力を高める強力な作用のあるのが「青のり」。青のりを天日塩でうすい塩味にして、ふりかけのようにして食してください。 
 ヒロシマ被爆時には、人びとは藁をもつかむようにして、ある人はドクダミを飲み、ある人はナスの味噌漬けを食べ、ある人はカワラヨモギを食べました。今はいろんな食品で排毒する知恵が見つかっていますので、一つ一つの食品については、過度に食する必要はありません。ドクダミ茶や昆布などは、摂りすぎに注意したほうがよいくらいです。
  たくさんのフクシマ放射能被災者の方々が「梅ドみ」「解毒」を求めておられます。国や県、行政の支援は望めません。待っているわけにはいかないのです。ただちに「解毒」を! 遅れれば遅れるだけ危険が増します。
  どうか、全国の非被災地のみなさんの力で、より多くのフクシマの人々に、「梅ドみ」に代表される「ヒロシマの知恵」を届けてあげてください。そして、ご自分でも、「梅ドみ」を入り口にして、「健康」を求める生活を始めてください。

 いま、私たちは何をすべきか。 
 大筋だけをズバリと言わせていただく。
 まず、初期の医療空白の時代には、呆然と待っていたりせずに、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリで効果があったと伝えられる療法を可能な限り試みることである。
 次に、政治方面の努力を急いでもらって、一日も早く「全科無料定期検診制度」と「全科無料治療制度」を確立すること、そしてそれを守り抜くことである。そのとき、初めて、現代医学は力を発揮するのである。
 (「ジュノーさんのように」第116号より)

プロフィール

JUNOD

Author:JUNOD
ジュノーの会について
「ジュノーの会」は、世界のヒバクシャ支援とくにチェルノブイリ原発事故の被曝者支援に取り組む広島県府中市の市民団体です。会の名前は、被爆後の広島に医薬品15トンを届け、被爆者の治療にあたったスイス人医師、マルセル・ジュノー博士(1904~61年)にちなんでいます。博士の精神を受け継ぎ、86年のチェルノブイリ原発事故の被曝者支援のため88年に発足しました。会員数は全国に約500人。これまでに延べ約200人の医師を現地に派遣し、甲状腺がんなど1000人以上の患者を診療、一人ひとりの患者さんにカルテ報告を行い、同時に小児白血病治療、血液感染症予防などの医療協力活動、またヒロシマとチェルノブイリのヒバクシャ交流を進めるなど、被災者の側に立った援助活動を続けています。チェルノブイリ被災者市民団体との強い協力関係もあります。

ジュノーの会の郵便振替の口座番号は以下のとおりです。
郵便振替=「01370-0-29460・ジュノー基金」
口座名義は「ジュノー基金」です。ジュノーの会ではなく、「ジュノー基金」です。
通信欄か空白に、「梅ドみ」と明記してください。

他銀行やネットから振込んでいただくときは、以下の振込先にお願いします。
   <他銀行から振込む場合の振込先>
   銀行名ゆうちょ銀行
   ■金融機関コード9900
   ■店番139
   ■預金種目当座
   ■店名一三九 店(イチサンキユウ店)
   ■口座番号0029460

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。